行ないが 粗暴・残酷 物惜しみ これが生臭 肉食ではない<再244>

○ワン爺さんの独り言<244>
・・・
あいつは生臭だ。
友達を裏切った。
じゃ、お前はどうなんだ。
人に何もあげないだろう。


第2 小さな章 2.生臭経 6.

○中村元先生訳
244
粗暴・残酷であって、陰口を言い、
友を裏切り、無慈悲で、極めて傲慢であり、
ものおしみする性で、なんびとにも与えない人々、
──これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。


○正田大観先生訳
247.(244) 
彼ら、粗野な者たち、凶悪な者たち、陰口を言う者たち、
朋友を裏切る者たち、慈悲なき者たち、高慢の者たち、
さらには、施さないことを戒として、誰にであれ施さない
――これが、生臭です。まさに、肉を食べることではありません。(6)


○パーリ語原文
244.
イェー   ルーカサー   ダールナー    ピッティマンスィカー
Ye     lūkhasā      dāruṇā       piṭṭhimaṃsikā
彼ら    粗野な      強暴な       陰口を言う

ミッタッドゥノー     ニッカルナーティマーニノー
mittadduno       nikkaruṇātimānino
友を裏切る       慈悲のない・極めて傲慢な

アダーナスィーラ      ナ     チャ    デンティ     カッサチ
adānasīlā           na     ca      denti       kassaci,――
施さないことを性として  ない   そして   与え       誰にも

エサーマガンドー    ナ    ヒ     マンサボージャナン
esāmagandho,      na    hi      maṃsabhojanaṃ.
これが生臭       ない   決して   肉食


○一口メモ
昨日は生臭とはどのような人なのか述べました。欲望に対して抑制のない人などが生臭だと述べました。今回は更に、次のような人が生臭であると述べています。

① 粗野な人、粗野とは広辞苑には、「言語・挙動などがあらくて卑しいこと。露骨で礼儀を欠くこと。」と書いてあります。
② 陰口を言う人とは、相手の前では甘いことを言いながら、背を向けると誹謗する人です。
③ 強暴な人は荒々しく、悪語を弄する人です。
④ 友を裏切る人、友達が自分の妻・財産・命について信頼を置いてくれるのに、その友達の妻・財産・命に対して間違った行為をする人です。
⑤ 慈悲のない人とは慈悲の心が欠けて、衆生の不利を望む人です。
⑥ 極めて高慢な人とは、自分の家柄・財産・容色・能力などのどれかを自慢して、他人を軽蔑する、あるいは自己顕示欲のある人です。
⑦ もの惜しみの性格がある人です。
⑧ 誰にも何も与えない人です。

この偈では以上八項目の点を指摘して、これらの人は生臭だと述べています。確かに、その通りだと思います。であるならば、自分にそのようなことがないか、自分にこのような性格はないか厳しく点検してみる必要があります。私達は他人のことはよくわかりますが、自分のことになるとよくわかってない場合が多いからです。これら一つでも思い当たることがあるならば、その点を頑張って、修正する必要があります。生臭にならないために。


○前回のこの偈の解説

行ないが 粗暴・残酷 物惜しみ これが生臭 肉食ではない<244>
http://76263383.at.webry.info/201310/article_19.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


○アラナ精舎雨安居日記 
2016.8.18.(木) 第30日目
 今日は雨安居に入って最初の満月ですから、三分の一が終了したことになります。一か月と言っても、アッと言う間という感覚です。
 昨日来られた三人の女性は朝食と昼食を作ってくれました。彼女ら三人とも看護師さんで、海外青年協力隊の経験のある元気な活発な方でした。海外での生活の話しをいろいろ聞きましたが、仏教的な話しとしては、五戒を守ることについて、特に「嘘をつかない」は守れないと言う方がおられました。例えば、入院している認知症のお婆さんに夜「医者はいつ来るの?」何度も言われると、すぐ来るはずないと思いながらも、「すぐ来るよ。」などと答えてしまうと言っていました。しかし、「すぐ来るよ。」は嘘とは言えないし、言い方を工夫すれば、嘘にならないように言うことができると話しました。
 また、「怒らないこと」についても話しました。怒ってしまったあとで、ただ怒らないようにしなければと、反省するだけでなく、何故怒ったのか考えた方がよいとも提案しました。多くの場合、怒るのは怒る理由があります。自分が正しいと思っているのです。けれども、本当に自分の考え方だけが正しいかどうか分かりません。自分だけが正しいと思っているだけで、他の人は他の考え方が正しいと思っているのです。他人に迷惑をかけない限り、どのように考えても各自の自由なのです。そのことに気づけば、怒ることが少なくなります。
 夜9時過ぎににわか雨が降り出しました。満月は見られないけれども、少し涼しくなりそうです。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎私ワンギーサは、7月20日から10月15日まで、大阪府岸和田市のアラナ精舎で雨安居をしています。カテナ法要まではこちらに滞在することになります。それ以後についてはどこで生活するか分かりません。宜しくお願い致します。

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この記事へのコメント

kempsford
2016年08月19日 04:26
おはようございます。
「もの惜しみの性格がある人」。2016年8月カレンダーに、スマナサーラ長老のこんな言葉がありました。「愚か者は与えることを賞賛せず 智者は与えることを喜ぶ」。でも、他人事ではありません。「私達は他人のことはよくわかりますが、自分のことになるとよくわかってない場合が多いからです」。ワンギーサ長老のご指摘通りで、私はそれで頻繁に失敗しています。気を付けねばなりません。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2016年08月19日 07:18
おはようございます。
本文を拝見し、共存出来ないような姿勢の方は生臭になると感じました。共存+共栄と言ってしまうと、また違う・・が発生しように思いますが、共存だけでしたら必要な事と思います。実質的には慈悲でしょうか。
生臭にならず共存が出来る様にしたいです。
ワンギーサ長老・皆様の、今日も素晴らしい一日となりますように。
たか坊
2016年09月15日 23:48
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪