言葉だけ 気に入ることを 言う人と 付き合うことは 不幸の始まり<再254>

○ワン爺さんの独り言<254>
・・・
言葉だけ気に入ることを言う人は
言うだけで実行しない人
このような友とは
付き合わないように。


第2 小さな章 3.恥経 2.

○中村元先生訳
254
諸々の友人に対して、実行がともなわないのに、
ことばだけ気に入ることを言う人は、
「言うだけで実行しない人」であると、
賢者たちは知りぬいている。


○正田大観先生訳
257.(254) 
彼が、〔実行を〕伴わない愛しい言葉を、
朋友たちのあいだで作り為す(語る)なら、
賢者たちは、為すことなく語っている者を、
〔あるがままに〕遍知する。(2)

○パーリ語原文
257.
アナンワヤン     ピヤン     ワーチャン
Ananvayaṃ      piyaṃ      vācaṃ
ともなわない     愛しい     言葉を

ヨー    ミッテース    パクッバティ
yo     mittesu      pakubbati,
人が   友の間で    言う

アカローンタン     バーサマーナン
akarontaṃ        bhāsamānaṃ,
行なわないことを   語りつつある人

パリジャーナンティ   パンディター
parijānanti         paṇḍitā.
理解する          賢者たちは


○一口メモ
昨日は「できることなのに、友達のために、引き受けない」、つまり助けようとしない友達には親しんではならないというものでした。今日は、「行いをともなわないことを言う、口先だけの友達は親しんではならない」というものです。

昨日に続いて、今回もブッダは親しんではならない友について語っています。実は明日の偈の前半はこのことがテーマになっています。ブッダは本当に友達との親交は重要な問題だと考えておられるのだと思います。昨日も述べましたが、人間は付き合う人間によって人生が左右されてしまうからなのです。善友と付き合えば、人生は幸福になり、成功します。逆に悪友と付き合えば、不幸になり、人生は失敗するのです。

言うことと行うことの違う友達、いわゆる言行不一致な人間は悪友の典型的なのです。言行不一致は嘘をつくとはまでは言えないかもしれませんが、それに近いことです。類は友を呼ぶということわざの通り、そのような友達にはそのような友達が集まってきます。そのような人間たちの中で生活したらどのようなことになるのか容易にわかることです。そのような危険は避けてください。

もう一度、何故「言うだけで実行しない人を親交すべきではないか」考えてみましょう。そのような人とはどのような人なのでしょうか。真実がない人です。真実がない人は信頼できません。人間(生命)の幸せは信頼の上に成り立っているのではないでしょうか。信頼のない人間関係の場では幸せというものはないと思います。幸せは信頼の基礎の上に成り立っていると思うからです。私達が「生きとし生けるものが幸せでありますように」と願う時には、真実が必要なのです。

ここで、反論があるかもしれません。真実のない人も「生きとし生けるもの」の一人ではないかという意見です。確かに、その通りです。しかし、その人の幸せを願うことは必要ですが、親交する必要はないでしょうというのが私の意見です。

最後に、言うだけで実行しない人を親交すべきではないのですが、自分自身が言行不一致を行っていないか注意してください。自分が悪友にならないようにしてください。


○前回のこの偈の解説

言葉だけ 気に入ることを 言う人と 付き合うことは 不幸の始まり<254>
http://76263383.at.webry.info/201310/article_29.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


○アラナ精舎雨安居日記 
2016.8.29.(月) 第41日目
 今日は朝から雨です。台風10号の影響らしいですが、風はないので問題はありません。久しぶりの雨なので、自然の動植物には有り難い惠でしょう。
 私は僧房で雨の音を聞きながら、メールの返事を書いたり、読みかけの本を読んだり、のんびり過ごしました。
 夕方の読経の後、一人の女性がアラナ精舎に来られました。北陸のほうから京都を経て東岸和田へ、そこからはバスやタクシーを乗らずに、雨の中歩いてこられたそうです。若い方ではありませんが、元気な方です。私はまだ、アラナ精舎と東岸和田の間は歩いたことはありません。
そして、疲れを見せずに、お茶を一杯飲んだ後、私に日常経典の中のいろいろな言葉に質問をしました。明行具足者とは。三宝に帰依するための偈について。因縁の教え(順観)と(滅観)について。有身見について。回向の文の中の「一切の生きとし生けるもの」について等です。こういう質問は知識的な問題ですから、あまり難しくはありません。
 彼女はここで一泊して、明日はお昼の食事のお布施をしてくれるそうです。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎私ワンギーサは、7月20日から10月15日まで、大阪府岸和田市のアラナ精舎で雨安居をしています。カテナ法要まではこちらに滞在することになります。それ以後についてはどこで生活するか分かりません。宜しくお願い致します。

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この記事へのコメント

kempsford
2016年08月30日 04:20
おはようございます。
「子供は嘘をつくのです」。これは理解できます。でも、その後に、「だから許してあげなさい」が続きます。これは間違いです。「ウソはダメ」。これは真理です。でも、それをどうやって「ウソをつきたがる子供」に伝えるか?そこには智慧が必要です。嘘は、信頼を壊します。「信頼のない人間関係の場では幸せというものはない」。嘘を許す行為の裏にあるのは、子供に好かれたいという我欲です。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2016年08月30日 19:30
私事ですが、口では大変立派な事を言って人には厳しく、そして自分には超優しい?方を拝見した事があります。自分で行ったことを自分は実践していない、と言ってもご幣はない印象を受けます。その結果失うものは人望でした。本文を拝見し、これは信頼感を失うと同意語に感じました。
自分も、恐れを知らず口を立たせてしまう?分、有言実行をしないと同類になると思います、恐ろしい事です。
発言や自分の行動を気を付け、そして信頼を失う事がないようにしたいです。
ワンギーサ長老・皆様にとって、素適な夜となりますように。
たか坊
2016年10月27日 17:14
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪