貪欲と 怒りはどこから 好き嫌い どこから来るか 恐怖はどこから<再270>

○ワン爺さんの独り言<270>
・・・
欲はどこからくるのかな?
食べたいという欲は
お腹がすくからでしょう。
欲はお腹から来ると思います。


スッタニパータ270. 第2 小さな章 5.スーチローマ夜叉経 1.

○中村元先生訳
270
貪欲と嫌悪とはいかなる原因から生じるのであるか。
好きと嫌いと身の毛もよだつこと(戦慄)とはどこから生ずるのであるか。
諸々の妄想はどこから起こって、心を投げうつのであるか?
──あたかもこどもらが鳥を投げて棄てるように。


○正田大観先生訳
273.(270) 
〔スーチローマ夜叉が尋ねた〕
「貪り(貪)と、怒り(瞋)とは、因縁としてどこから〔生じるのですか〕。
諸々の不満〔の思い〕は、諸々の歓楽〔の思い〕は、身の毛のよだつことは、どこから生じるのですか。
諸々の思考は、どこから現起して、〔善き〕意を〔投げ捨てるのですか〕
――少年たちが、〔足を縛った〕烏を〔遊び目的で〕投げ捨てるように」〔と〕。(1)


○パーリ語原文
273.
 ラーゴー    チャ    ドーソー    チャ    クトーニダーナー
‘‘Rāgo      ca     doso       ca     kutonidānā,
貪欲は     と    怒りは      と     何の縁か

アラティー     ラティー     ローマハンソー     クトージャー
aratī        ratī       lomahaṃso        kutojā,
嫌い        好き       身の毛がよだつこと  何処から生じるか

クトー     サムッターヤ    マノー ウィタッカー
kuto      samuṭṭhāya      mano vitakkā,
何処から   起きて         心 思考

クマーラカー    ワンカ      ミウォッサジャンティ
kumārakā      vaṃkam     iv’ossajanti.’’
少年たちは     カラスを ように・投げ飛ばす


○一口メモ
スーチローマ夜叉の世尊に対する質問は、上記に先生の訳でだいたい分かると思いますが、要約すると次の通りです。

欲と怒りはどこから生じるのですか?
好きと嫌いと恐怖はどこから生じるのですか?
妄想はどこから生じて、心を混乱させるのですか?

この質問の釈尊の解答は明日の偈で述べられます。
明日の解答を読む前に、この解答を各自考えてみて下さい。
そうすれば、たとえ間違った答えを考えたとしても、明日の偈がよくわかることになると思います。
ブッダはいつも、自ら調べ、考え、確かめることを勧めておられます。
それが智慧を育て、確信を持つことにつながるのです。


○前回のこの偈の解説

貪欲と 怒りはどこから 好き嫌い どこから来るか 恐怖はどこから<270>
http://76263383.at.webry.info/201311/article_15.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


○アラナ精舎雨安居日記 
2016.9.18.(日) 第61日目
 朝の瞑想は昨日ここに泊まった方二名とクサラダンマ長老と私四名で行った。二人だけで行う時と何かが微妙に違うのを感じる。
 朝の読経は、クサラダンマ長老と木岡さんが入れ替わって、これも四人で行った。これは声を出すから、もちろん違いはわかる。
 お昼は、二人加わって四人の方が、クサラダンマ長老と私に外食のお布施をしてくれた。河内長野市にあるスリランカ料理のレストランだ。三人のスリランカ人と一人の日本女性が働いていた。スリランカ人はテーラワーダ仏教の比丘が来店したことが、たぶん嬉しかったのだろう。カレーを一皿サービスしてくれた。
 今日は一日中、降ったり、止んだりの不安定な天気で、蒸し暑かったのだが、今は雨が止んで、雲の合間から、満月に近い丸い月が輝いている。

 世間では いろいろなこと あるのだが 私の中は あまり変わらず


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎私ワンギーサは、7月20日から10月15日まで、大阪府岸和田市のアラナ精舎で雨安居をしています。カテナ法要まではこちらに滞在することになります。それ以後についてはどこで生活するか分かりません。宜しくお願い致します。

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この記事へのコメント

kempsford
2016年09月19日 04:21
おはようございます。
「明日の解答を読む前に、この解答を各自考えてみて下さい」。「欲・怒り・好嫌・恐怖・妄想」。これらついて観察すると、必ず行き着く先があります。それは、「自我」です。すべては、「自分がいる」から始まります。「妄想が出るのは、そこに『自分』が割り込んだとうことです(パティパダーDec/20111)」。真剣かつ隙間なくに実況中継して、「自我の錯覚」を消すしかありません。精進致します。ご指導ありがとうございました。
kempsford
2016年09月19日 04:22
すみません。もう一つ投稿させてください。
「Manovitkka 心の想」・「(dhankamivossa)Sajati放つ・捨てる」。ここが難しかったです。「諸々の妄想はどこから起こって、心を投げうつのであるか?(中村先生)」・「諸々の思考は、どこから現起して、〔善き〕意を〔投げ捨てるのですか〕(正田先生)」・「妄想はどこから生じて、心を混乱させるのですか?(ワンギーサ先生)」。三先生方の訳を比較させて頂くことで、自分なりに理解できました。いつも先生が丁寧に紹介して下さるおかげで、また助けてもらいました。ありがとうございました。
こころざし
2016年09月19日 19:04
欲と怒りは、自分の固定概念と比較するような形で発生するように思います。
好きと嫌いと恐怖は、生存を脅かすものか・そうでないかの、識別から生じさせていると思います。
妄想は、思考から生じて、そしてそれが今・ここの現実から離れて大きくなる中で、心を混乱させるように思います。
明日の偈で学ばせて頂きます。
ワンギーサ長老・皆様の、今日も素晴らしい一日となりますように。
三日ぼーず
2016年09月20日 17:58
欲と怒りの原因は、貪瞋痴といいますから、無明でしょう。無明とは、智慧がないこと、無常がわからないことであると。ただ、ほかの方が書かれていることを見て、無明=生存本能かなと。ということは、智慧とは、その本能が変わるほどの何事か、ということなのでしょうか。
たか坊
2016年11月21日 20:45
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪