牛の群れ 美女たちの群れ バラモンは それが欲しいと 熱望しました<再301>

○ワン爺さんの独り言<301>
・・・
お金がなければ
幸せになれないと
多くの人が思っているが
根本的な間違いだ


第2 小さな章 7.バラモン法経 18.

○中村元先生訳
301
バラモンたちは、
牛の群が栄え、
美女の群を擁するすばらしい
人間の享楽を得たいと熱望した。


○正田大観先生訳
304.(301) 
牛たちの輪に遍く囲まれ、
美女たちの群れを擁する、
巨万の人間の財物を、
婆羅門たちは貪り求めました。(18)


○パーリ語原文
301.
ゴーマンダラパリビューラン
gomaṇḍalaparibyūḷhaṃ,
牛たちの輪に囲まれ

ナーリーワラガナーユタン
nārīvaragaṇāyutaṃ
美人の群れを従えた

ウラーラン   マーヌサン   ボーガン
uḷāraṃ      mānusaṃ     bhogaṃ
大いなる     人間的な    享楽を

アビッジャーインス   ブラフマナー
abhijjhāyiṃsu       brāhmaṇā.
得たいと熱望した   バラモンたちは



○一口メモ
この時のバラモンの気持ちを注釈書には次のように表現しています。

「これらの人々はよく沐浴し、よく油をぬり、髪とひげを調え、花鬘や瓔珞(装身具)で飾り、五欲の楽をもって楽しんでいる。それなのに、我々(バラモン)はこのように彼らに敬われているけれども、身は汗と垢にまみれ、爪や髪は茂った葦のようであり、財物はなく、最高にあわれむべく状態になって暮らしている。彼らはまた、象の肩や馬の背や駕籠(カゴ)や黄金の車で出かけて行く。我々は足で行くだけだ。彼らは二階建てなどの高殿の上住む。我々は森の樹の根もとなどに住む。彼らはまた、山羊の毛などを敷いた立派な寝台で寝る。我々はゴザや獣皮の切れはしなどを敷いて土の上に寝る。彼らは色々な味の食物を食べる。我々は落穂ひろいによって生きようとする。さあ、一体どうしたら我々もこの人達と同じようになれるだろうか。」と考えて、「財産を求めなければならぬ。財産がなければこの栄華をえることが出来ない。」と思いました。

これがバラモンたちの堕落の始まりです。

これは、バラモンたちだけの問題ではありません。現代の多くの人々の発想の中にもこれらのバラモンたちと同じような発想があるのです。「財産がなければこの栄華を得ることが出来ない。」別の言葉で言えば「お金がなければ、幸せになれない。」ということです。ブッダの教えはお金を求める気持ちが苦しみの原因だということです。そこに気づく必要があるのです。

バラモンたちは、学問もし、修行もしていたのに、何故このようなことになってしまったのでしょうか?正しい修行の目標や正しい修行方法でなかったからだと思います。このことを理解するためには、ブッダの出現が必要だったのです。

ブッダは自己の心身をありのままに観察することによって智慧を体得して、煩悩を克服し、涅槃への道を進むことを教えました。それは観念的な神を信仰することでもなく、神との合一することを目指すことではないのです。その修行方法は、苦行でもない享楽でもない中道です。中道とは中間の道ということではなく、正しい道です。具体的には八正道です。その内容は具体的で明らかです。私たちはただその教えを実践すれば実現することができるのです。


○前回のこの偈の解説

牛の群れ 美女たちの群れ バラモンは それが欲しいと 熱望しました<301>
http://76263383.at.webry.info/201312/article_17.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎大阪府岸和田市のアラナ精舎での雨安居は10月15日(土)で終了しました。アラナ精舎のカティナ衣法要は10月23日(日)に行われます。それ以後については11月3日のゴータミー精舎のカティナ衣法要に参加するために東京に行きますが、その後、しばらくこちら(岸和田)にしばらく滞在させて頂きたいと考えています。宜しくお願い致します。

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この記事へのコメント

kempsford
2016年10月23日 04:20
おはようございます。
「正しい修行の目標や正しい修行方法でなかったからだと思います」。このことについて、日本史を学ぶたびに、妄想してしまうことがあります。それは、「もし、日本史上の高名な僧侶の方々が、『①八正道』を知り、『②ヴィパッサナー修業』を行っていたら、今の日本はどれほど素晴らしい国家になっていただろうか?」というものです。幸い、私は①と②を知っています。励まねばなりません。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2016年10月24日 22:15
生活をするのにお金は必要と実感致します。自分に加え家族が食べて生活するのには、最低必要な・・との金額が出てきます。
語弊があるかもしれませんが、その金額を最低としても、その後資金に余裕が出てくると、見栄的な事にお金を使い始めて「足りない」と言い出すのは常のように思います。その壁を越えてしまわない様に、欲を必要なものだけに抑えれるようになりたいです。
三日坊主
2016年11月09日 12:26
私はかつてブラック企業のような教会に通っていました。そこでは主任牧師がセクハラしてました。なかなか、身に染みて、欲や怒りが無意味だと思う人は、聖職者でも少ないんだと思いますね。
私は、長年、仏道を学んできましたが、表面的でした。しかし、最近、足を痛めて病院に行くと、まさに病、老が襲い掛かってきたのです。四門出遊。さて、この火宅からどう脱すべきか