牛たちは 用具であるから 殺そう 王の牛たちを 犠牲にしよう<再307>

○ワン爺さんの独り言<307>
・・・
どんな理由があろうとも
生きものは殺してはいけない。
みんな生きていたい。
死にたくないと思っているのだから。


第2 小さな章 7.バラモン法経 24.

○中村元先生訳
307
「水と地と
黄金と財と穀物とが
生命あるひとびとの用具であるように、
牛は人々の用具である。
祭祀を行いなさい。あなたの富は多い。
祭祀を行いなさい。あなたの財産は多い。」


○正田大観先生訳
310.(307) 
〔彼らは言いました〕『すなわち、水と、地と、
黄金、財産や穀物のように、
このように、牛たちは、人間たちのものである。
まさに、それは、命あるものたちの必需品である。
祭祀をしなさい。あなたには、多くの富がある。
祭祀をしなさい。あなたには、多くの財がある』〔と〕。(24)


○パーリ語原文
309.
ヤター    アーポー  チャ     パタウィー    チャ
‘‘Yathā    āpo       ca      pathavī      ca
ように     水       と      地         と

ヒランニャン    ダナダーニヤン
hiraññaṃ      dhanadhāniyaṃ
黄金        財産や穀物

エーワン   ガウォー     マヌッサーナン
evaṃ       gāvo        manussānaṃ,
このように  牛たち      人間たち

パリッカーロー     ソー     ヒ      パーニナン
parikkhāro        so      hi       pāṇinaṃ,
必需品         それは   まさに   生きものの

ヤジャッス      バフ     テー      ウィッタン
yajassu,        bahu     te         vittaṃ,
祭祀をしなさい    多く     あなたには  富

ヤジャッス      バフ     テー      ダナン
yajassu,        bahu     te        dhanaṃ.
祭祀をしなさい   多く    あなたには  財産


○一口メモ
今回の偈は、バラモンたちがオッカーカ王をそそのかした時の言葉です。

「水と地と黄金と財と穀物とが生命あるひとびとの用具であるように、牛は人々の用具である。
祭祀を行いなさい。あなたの富は多い。祭祀を行いなさい。あなたの財産は多い。」

例えば、水は手を洗うなどあらゆる仕事において人々の役に立っています。人々はそれを使うことは悪いことではありません。なぜならば、それは必需品だからです。同様に、地は歩いたり立ったりするなどあらゆる仕事において役に立っています。黄金や穀物もその通りです。牛たちも、人間のあらゆる仕事において役に立つように生まれたものです。牛たちを殺して、祭祀の犠牲に使うことは悪くないのです。これがバラモンたちの牛を殺す理屈なのです。

「祭祀をしなさい。祭祀をしなさい。」ということは牛を殺しなさい、牛を殺しなさいということなのです。

昔のバラモンたちは牛を親、兄弟、親戚たちと同じように家族と考えていた時と大変な違いです。


○前回のこの偈の解説

牛たちは 用具であるから 殺そう 王の牛たちを 犠牲にしよう<307>
http://76263383.at.webry.info/201312/article_22.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎大阪府岸和田市のアラナ精舎での雨安居は10月15日(土)で終了しました。アラナ精舎のカティナ衣法要は10月23日(日)に行われます。それ以後については11月3日のゴータミー精舎のカティナ衣法要に参加するために東京に行きます。その後、しばらくアラナ精舎に滞在させて頂きたいと考えていましたが、そのまま東京に滞在することになりました。関西の皆様にはお世話になりました。関東方面の方はまた宜しくお願いいたします。


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この記事へのコメント

kempsford
2016年10月28日 04:18
おはようございます。
「①水・地・黄金・財産・穀物」は、自由に使ってよい。だから、「②牛」も自由に使ってもよい。祭祀のために殺してもよい。なぜならば、①と②とは同じだから。両者とも、「parikkhara資具・資財・資助・必需品」なのだから。恐ろしい論理です。でも、私は、本日、ワンギーサ長老の解説に出会うまでは、本偈のその意味が判りませんでした。先生の丁寧な解説には、いつも助けられています。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2016年10月28日 08:48
おはようございます。牛は用具だと位置づけ、殺しても良いとする見解は、自分勝手だと思います。ですが自らを見ますと、容易にそのような形の見方をしておりかねず、恐ろしく思います。それを救うには慈悲の実践になるでしょうか。自分勝手な見解を押し通す愚行をしない人になり、そして慈悲で生きて参りたいです。
ワンギーサ長老・皆様の、今日も素晴らしい一日となりますように。