釈迦牟尼仏陀の世界(慈悲の実践フルバージョン)を唱えよう。2016.10.4.(火)

○ワン爺さんの独り言<釈迦牟尼仏陀の世界>
・・・
これらの言葉は
繰り返し唱えると
心の奥にしみこんで
慈悲の心に変わります。


○慈悲の実践フルバージョン

(1)私は幸せでありますように
・私は幸せでありますように。
・私のこころに現れる悩み、苦しみが徐々に消えていきますように。
・怒り、嫉妬、憎しみの感情は人のこころを苦しめます。
・苦しみである怒り、嫉妬、憎しみが、私のこころに起こりませんように。
・怒り、嫉妬、憎しみの妄想を育てないように努めます。
・私の思考が慈しみの思考になりますように。

・私は「物事が常に変化して消え去るものである」と観察します。
・私は過ぎ去った出来事に囚われないように精進します。
・私は将来のことに執着して悩まない、不安にならない人間になります。
・私は今ここで、するべきことに集中します。

(2)私に、他者に対する慈しみの気持ちが現れますように
・私に、他者に対する慈しみの気持ちが現れますように。
・他者に対して、優しいこころで対応することができますように。
・私のこころに、他を差別する気持ちが現れませんように。
・苦しい状況に遭遇しても、忍耐することができますように。
・私のこころが、常に平安でありますように。
・私のこころの汚れが、徐々になくなりますように。

・私に、ありのままの事実を発見することができますように。
・私に、真理を発見する智慧が現れますように。
・私に、一切の現象に対する愛着がなくなりますように。
・私に、悟りの光が現れますように。

(3)全ての生命は兄弟
・私は、全ての生命が私の兄弟であると思えるように精進します。
・私は、全ての生命と私が平等であると思えるように精進します。
・私は、全ての生命の幸福と繁栄を期待します。
・私は、生命の間で調和が保たれるように精進します。

(4)私は釈尊の言葉を念じます。
・私は、釈尊の言葉を念じます。
・無始なる輪廻のなかで、私の母でなかった生命はいません。
・無始なる輪廻のなかで、私の父でなかった生命はいません。
・無始なる輪廻のなかで、私の兄弟ではなかった生命はいません。
・無始なる輪廻のなかで、私の子供ではなかった生命はいません。
・無始なる輪廻のなかで、私の友人ではなかった生命はいません。
・釈尊の戒めを尊んで、一切の生命に慈しみの気持ちを抱きます。

・すべての生命は私自身の父・母であると思います。
・すべての生命は私自身の兄弟であると思います。
・すべての生命は私自身の子供であると思います。
・すべての生命は私自身の友人であると思います。
・すべての生命は私自身の家族であると思います。
・すべての生命は幸福でありますように。

(5)こころは空気のように
・空気と空気が何の対立もなく一体になるように、私の慈しみの気持ちが、すべての生命のこころと一体になりますように。
・水と水が何の対立もなく一体になるように、私の慈しみの気持ちが、すべての生命のこころと一体になりますように。

・太陽の光が、地球の隅から隅まで照らすように、私の慈しみの光が、すべての生命のこころをさまたげ無く照らせるように、制限無く、慈しみを育みます。
・東・西・南・北・上・下という六方に住む生命に対して、無限に、とどまること無く慈しみを育みます。

(6)こころは大地のように
・大地は、如何なる清らかなものを捨てても、如何なる不浄なものを捨てても、喜ぶことも嫌がることもありません。
・私も、他の生命の賞賛・非難などを受ける時は、大地のようなこころを保ちます。
・生きとし生けるものが幸せでありますように。

(7)皆、業を相続します
・全ての生命は、自分の業を相続します。
・自分の業に管理されて生きています。
・各生命が受ける幸不幸は、その生命の業の力によるものです。
・ですから、私は私より豊かな人を見るたびに、過去に善行為をした人であると思い、喜びを感じます。
・私より不幸に思える人を見ると、生命は無明のせいで罪を犯すのだと理解し、自分が罪を犯さないようにと気をつけます。
・不幸に陥っている生命に対して、憐れみの気持ちを抱きます。
・協力する、助ける気持ちを起こします。

(8)エゴの錯覚
・「私は他より優れている」と感じることは高慢です。
・「私は他と同等だ」と思うことは同等慢です。
・「私は他より卑しい存在である」と思うことは卑下慢です。
・慢とは、私のエゴの錯覚から起こるのです。
・私は、エゴの錯覚がこころに現れないように、と精進します。
・私は、慢により現れる対立・悩み・争いから離れるように、と精進します。

(9)苦しむ世界で苦しみなく
・世界は欲によって苦しんでいることを観察して、私は欲を控えることに精進します。
・世界は怒りによって苦しんでいることを観察して、怒りのないこころで生きるように精進します。
・世界は嫉妬によって苦しんでいることを観察して、嫉妬のないこころで生きるように精進します。
・世界は恨みによって苦しんでいることを観察して、恨みのないこころで生きるように精進します。

・世界は物惜しみによって苦しんでいることを観察して、物惜しみのないこころで生きるように精進します。
・世界は自我を張るから苦しんでいることを観察して、自我を張らないこころで生きるように精進します。
・世界は見栄を張るから苦しんでいることを観察して、見栄を張らないこころで生きるように精進します。
・世界は一切の現象は無常であると気づかないので苦しんでいることを観察して、一切の現象は無常であると認めて生きるように精進します。
・世界は一切の現象は苦であると気づかないので苦しんでいることを観察して、一切の現象は苦であると認めて生きるように精進します。
・世界は一切の現象は無我であると気づかないので苦しんでいることを観察して、一切の現象は無我であると認めて生きるように精進します。

・私のこころに悩みが起こりませんように。
・私のこころに苦しみが起こりませんように。
・私のこころは平安でありますように。
・私のこころに安らぎが現れますように。
・私に悟りの光が現れますように。

・カンティー   パラマン   タポー   ティティッカー
(Khanti     paramam   tapo     titikkha)
・忍耐と堪忍は最高の修行であります。
・ニッパーナン   パラマン   スカン
(Nibbanam    paramam    sukham)
・涅槃は究極の幸福であります。

(10)慈しみの拡大
・私の上の方向に住んでいるすべての生命、
・私の下の方向に住んでいるすべての生命、
・私の前の方向に住んでいるすべての生命、
・私の右の方向に住んでいるすべての生命、
・私の後ろの方向に住んでいるすべての生命、
・私の左の方向に住んでいるすべての生命、

・幸福で、安穏でありますように。
・怒り、憎しみ、恨みから自由になりますように。
・互いに慈悲喜捨の気持ちで接しあえますように。
・願いごとが叶えられますように。
・こころの汚れが徐々になくなりますように。
・すべての生命に、苦しみを乗り越えることができますように。


○一口メモ
「(6)こころは大地のように」の項を目指している人は結構多いようです。私たちは人の言葉を気にして生きているのです。「自分の目的を熟知して、自分のつとめを専念せよ。」(ダンマパダ166番)、とブッダは述べておられます。人の言葉を気にせずに生きていきたいです。そして大地のように行きたいですね。

・大地は、如何なる清らかなものを捨てても、如何なる不浄なものを捨てても、喜ぶことも嫌がることもありません。
・私も、他の生命の賞賛・非難などを受ける時は、大地のようなこころを保ちます。
・生きとし生けるものが幸せでありますように。


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


○アラナ精舎雨安居日記 
2016.10.3.(月) 第76日目
 台風18号が近づいている影響でしょうか、午前中は雨は降りませんでしたが、曇っていて、午後からは小雨が降りました。
 今日は何方も精舎には来られないだろうと思っていたら、夕方の読経の時間に堺市の方が雨の中バイクで来られました。読経は一人で行っても、木岡さんと二人で行っても問題はありませんが、何でしょうか、他の方も参加されると、嬉しいという気持ちが現れるのが不思議です。大地のような心になっていないからなのでしょうか。でも仲間がいる、或は増えることを素直に喜んでもいいのかなと思います。

善いことを 一人でするのも 楽しいが 仲間がいれば 更に楽しい


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎私ワンギーサは、7月20日から10月15日まで、大阪府岸和田市のアラナ精舎で雨安居をしています。カテナ法要まではこちらに滞在することになります。それ以後についてはどこで生活するか分かりません。宜しくお願い致します。


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この記事へのコメント

kempsford
2016年10月04日 04:27
おはようございます。
「怒り・嫉妬・憎しみなどの感情が私を苦しめます」。2001年11月号のパティパダーに、更に詳細の法話がありました。「不幸というのは、恨み憎しみなんです。恨み憎むことは、『自分がやっている』ことです。ですから、いかなる場合でも、自分の恨み憎しみを正当化しないこと。自分の恨み憎しみこそが幸福を壊すことを知って欲しいのです」。だからこそ、「自分を苦しめる感情を妄想して育てません」という教えに繋がるのですね。私も、先生の教え通り、「人の言葉を気にせずに生きていきたいです」。ご指導ありがとうございました。
kempsford
2016年10月04日 04:28
アラナ精舎雨安居日記9月28日から
知り合いの主婦の方の、娘さん(八歳半)が、学校で男の子から石を投げられて、あざをつくってしまいました。もちろん、その男の子は、先生に叱られました。そして、ぽつんと淋しそうにしていました。すると、その娘さんが、すぅっとその男の子に寄り添い、優しい言葉をかけてあげたのです。ちょうど、それを教頭先生がご覧になっていました。教頭先生は、そんな娘さんの優しさに感動されたそうです(その主婦の方に電話があったのです)。その主婦の方は、以前、お風呂で娘さんと一緒に、「慈悲の冥想」を唱えられたそうです。そして、たとえいじめられても、決して仕返ししてはいけない、といつも話しておられます。「善意が周りによい影響を与える」。先生の雨安居日記を拝読して、こんな記憶が蘇りました。ありがとうございました。
こころざし
2016年10月04日 21:18
「全ての生命は自分の業を相続し・・自分の業に管理されて生きています」について記載させて頂きます。自分の思考や行いがその後に繋がる事や、未来は分からないと、自分の業でその後の状況が出ると気が付いていない、知らない・・方が少なからずいらっしゃると思います。以前の私もそうでした。ですが、長老に教えて頂いた事を我が身で振り返ってみると、まさにその通りの状況を繰り返し・薄々その繰り返している状態を感じている面はありました。
慈悲の実践と智慧を培ってその状態から一歩出て、そして繰り返しを終えれるようにしたいです、
ワンギーサ長老・皆様にとって、素適な夜となりますように。
たか坊
2016年12月07日 18:22
また明日からコツコツと精進して行きます♪