釈尊が 説いた真理を 喜べば 心は最高 涅槃に達する<再330>

○ワン爺さんの独り言<330>
・・・
先生の教えることが
面白ければ
君はよく分かったということだ。


第2 小さな章 9.何が戒か経 7.

○中村元先生訳
330
聖者の説きたもうた真理を喜んでいる人々は、
ことばでも、こころでも、行いでも、最上である。
かれらは平安と柔和と瞑想とのうちに安立し、
学識と智慧との真髄に達したのである。


○正田大観先生訳
333.(330) 
しかしながら、彼ら、聖者によって知らされた法(教え)に喜びある者たち――
彼らは、言葉によって、意によって、さらには、行為(業)によって、無上なる者たちです。
彼らは、〔心の〕寂静と〔心の〕温和と〔心の〕統一を確立した者たちです。
所聞の〔真髄に〕、さらには、知慧の真髄に、到達したのです」〔と〕。ということで――(7)


○パーリ語原文
332.
ダンメー    チャ    イェー    アリヤパウェーディテー   ラター
Dhamme    ca      ye      ariyapavedite          ratā
法を       しかし    者達は   聖者が説かれた        喜ぶ

アヌッタラー テー   ワチャサー  マナサー   カンムナー チャ
anuttarā    te     vacasā     manasā    kammunā    ca,
最上      彼らは   言葉      心       行い      また

テー    サンティソーラッチャサマーディサンティター
te      santi-soracca-samādhisaṇṭhitā
彼らは   寂静・柔和・禅定を確立した

スタッサ     パンニャーヤ  チャ     サーラマッジャグーティ
sutassa      paññāya      ca      sāramajjhagū’’ti.
学識と      智慧の      と      真髄に到達した・と


○一口メモ
今回は「何が戒か経」の終わりの偈で、まとめです。サーリプッタ尊者の質問に対する戒めに関する答えが五つありました。それらの戒めを実行すれば、このようになるというのが今回の偈です。

ブッダの説いた真理を実行すれば、その人の言葉も、心も、行いも最高のものになります。これらは十善行と言われています。三種の身の善行①生きものを殺さないこと、②盗まないこと、③邪な行為を行わないこと、
四種の言葉の善行①嘘をつかないこと、②仲間を仲たがいさせることを言わないこと、③乱暴な言葉を使わないこと、④無駄話をしないこと。三種の意(心)の善行①欲のない心、②怒りのない心、③間違った見解を持たないこと。

十善行を実践すると、心は落ち着いて、柔和になり、瞑想をすれば簡単に禅定に入れます。その結果、仏道に関する学識の真髄を究め、智慧が現れ、すべて煩悩を捨てることが出来るようになります。このような修行者は涅槃の境地に達するとブッダは述べられました。


○前回のこの偈の解説

釈尊が 説いた真理を 喜べば 心は最高 涅槃に達する<330>
http://76263383.at.webry.info/201401/article_13.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

kempsford
2016年11月20日 06:04
おはようございます。
「santisoraccasamadhisanthita」について、「〔心の〕寂静と〔心の〕温和と〔心の〕統一を確立した者」とされた、正田先生の訳が、すぅっと入ってきました。なぜかというと、「soracca」が「温和」、「samadhi」が「統一」と表現されていたからです。この表現ですと、私にとって、とてもイメージし易かったのです。いずれにしても、ブッダの教えを日本語で容易に学べるとは、有り難いことです。ご指導ありがとうございました。
kempsford
2016年11月20日 06:04
「何が戒か経」7偈を終えて
この経の由来が、「サーリプッタ尊者がある弟子に多くを教え指導しましたが、大きな成果がありませんでした」と知って、驚きました。なぜならば、「サーリプッタ尊者は、人々を預流果に導くのに最も優れておられた(スマナサーラ長老・アビダンマ講義)」からです。でも、どれほど優れた師に恵まれても、その「Sabhasita善く説かれた」教えを、弟子が「理解」し、更に「実践」しないのであれば、成果は上がりません。例えば、私です。せっかくスマナサーラ長老から、「隙間なく実況中継しなさい」と教えてもらっていても、私がそれを真剣真面目に実践しないのであれば、成果があがるはずがありません。本経典が、そのことを、私に突き付けています。本経典を、再度学ばせて頂いたかげで、そのことに気付くことができました。先生の再講義に、改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。
こころざし
2016年11月20日 07:42
おはようございます。
十善行を実践すると心が暗くなるような機会にならず、そして冥想をすると余計な思考が回らず、疲れなくて清明で、今に集中できる・生き易くなる印象を感じています。余計なエネルギーを生まない智慧のような世界を実感出来る、までは行けてないですが、修行をして成長しそれらが分る様になりたいです。
ワンギーサ長老・皆様の、今日も素晴らしい一日となりますように。
こんせん
2016年11月20日 14:20
こんにちは。毎日ありがとうございます。
なるほど凡夫が預流果へ悟り阿羅漢へと赴くエッセンスが良くわかりました。特に昨日の詩の預流果は言葉で悟れるが、一来以上は禅定が必要になるという どなたかが言っていた事が経典に見てとれました。
ありがとうございました。