「熱望」の続き「満ち足りたところから」

ワン爺の独り言(2017.2.18.)
「熱意」と「熱望」について、もう少し考えてみましょう。この微妙な違いを熟慮することが学びになります。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou025_sub.htm


【満ち足りたところから】
欠けたところから生じるのが「熱意」であり、満ち足りたところから生じるのが「熱望」である。そして、人をして不滅のやすらぎへといざなう「熱望」も満ち足りたところから生じるものである。

ところで、「熱意」は果てしないものとなるが「熱望」は終局があるものである。 そして、人が円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)へと行き着いたとき「諸仏の誓願」を知ることとなる。

覚りの境地に至ることを目指す人は、ことわりをこころに知って、まず生活を安立せしめ、その上で覚りの境地を求めるべきである。


※ワン爺のコメント
私もこの「熱意」と「熱望」の違いがよく分かったとは言えませんが、「熱意」は満足してない人が満足を得ようとする人の気持ちであり、「熱望」は満足をしている人が持つ希望のようなものかなと思います。
また、「『熱意』は果てしないものとなるが『熱望』は終局があるものである。」という文章は、二つの違いを明確にしてくれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎このブログ記事が参考になったと思われた方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。ランキングが上昇すると閲覧者が増えると思われるからです。御支援をお願い致します。


この記事へのコメント

クリームコロッケ
2017年02月18日 08:31
「覚りの境地に至ることを目指す人は、ことわりをこころに知って、まず生活を安立せしめ、その上で覚りの境地を求めるべきである。」
肝心な事だと思いました。
****************************
旧知の友人宅を訪問しました。陽あたりの良い畳の部屋でしばし歓談。縁側に眼をやると、陽のさす側のサッシからアルパカの子供が顔をのぞかせます。中に入らないようにサッシを閉めようとしました。
すると友人がこう言います。「このアルパカはとても賢くて、忘れ物をしたり大事なものを見付けると持ってきてくれるのです。」
アルパカを中に入れました。アルパカがじゃれ遊んできます。ふわふわと柔らかくて気持ちがよく、とても愉快な気分になりました。
「アルパカは何を持ってきてくれたのだろうか?」と考えているうちに目を覚ましました。