お話だけであるとしても

ワン爺の独り言(2017.3.25.)
「たとえそれがお話だけ知っているというものであるとしても、真実を知る人には利益(りやく)がある。それは、必ず真実の結果をもたらすからである。」とSRKWブッダは言われます。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou069_sub.htm

(以下引用)
【お話だけであるとしても】
たとえそれがお話だけ知っているというものであるとしても、真実を知る人には利益(りやく)がある。それは、必ず真実の結果をもたらすからである。

その一方で、それが深い経験に裏付けられたものであったとしても、偏見に固執する者には苦難がある。それは、かれを一時的には喜ばせるかも知れないが、結局はかれを迷わせ、煩いを生じ、苦悩をもたらすだけとなる。真実を知らず、真実を聞いてもそれを理解しない者の労苦は多く果てしがない。

それゆえに、もし人が真実を耳にしたのであるならば、こころに留めるべきである。たとえそれをすぐに理解できなくとも、それはついには精となって、言葉による行為の帰趨を超えた利益(=功徳)をかれにもたらすからである。
(以上引用)


※ワン爺のコメント
この理法の難しいとこところは、知ったことが真実かどうか分るかということだと思いました。 
現在、世間では、籠池さんは安倍首相から100万円寄付を頂いたと言い、一方首相はそれを否定しているということが問題になっています。しかし、ここで問題にしている真実とは次元が異なることだと私は考えています。


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