根底のこだわりを離れた人は「賢者」である。

ワン爺の独り言(2017.6.13.)
同じでないものを同じであると見なす者は、賢明さを欠き、真理から遠く隔たっている。このようにSRKWブッダは述べておられます。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou137.htm


(以下引用)

【賢者】

同じでないものを同じであると見なす者は、賢明さを欠き、真理から遠く隔たっている。かれが何をどのように学ぼうとも、かれの経めぐり歩きは、逸れてよろめき歩くことにならざるを得ない。

しかしながら、何を見聞きしても、ひとしいとか、ひとしくないとかを分別・主張する根底のこだわりを離れた人は賢者であり、すでに真理の近くにある。かれは、真実をこころに知って迷い無く、争わず、異教に誘われない。かれの学びの経めぐり歩きは、平らかなものとなるであろう。

安らぎを求める人は、心構え正しく、聡明であって、想いを落ちつけ、よく気をつけて世間を遍歴せよ。賢者は、人と世の真実を自らの目で見極めつつ、一切の偏見を超えて自己をととのえ、究極の学びを体得せよ。

(以上引用)


※ワン爺のコメント
「同じでないものを同じであると見なす者は、賢明さを欠き、真理から遠く隔たっている。」という言葉を読んだとき、ダンマパダの11番(まことでないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことでないと見なす人は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実に達しない。)を思いだしました。ついでながら、12番にはこの逆のことが書いてあります。すなわち、まことであるものを、まことであると知ることです。そうすれば真実に達するということです。これが出来ないのは、ダンマパダでは「あやまった思いにとらわれて」いると述べられていますが、そこのところを今回のSRKWブッダの理法では「何を見聞きしても、ひとしいとか、ひとしくないとかを分別・主張する根底のこだわり」によるのだと説明されています。

そして、「この根底のこだわり」を離れるためには、「心構え正しく、聡明であって、想いを落ちつけ、よく気をつけて世間を遍歴」することが必要なようです。


~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎このブログ記事が参考になったと思われた方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。ランキングが上昇すると閲覧者が増えると思われるからです。御支援をお願い致します。


この記事へのコメント