得ることもなく失うこともない

ワン爺の独り言(2017年11月10日)
「得ることもなく失うこともない」とは、人が心を得ることもなく、心を失うこともないということです。そして、これは人が覚りの境地に至ったときの心境のようです。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou270.htm


(以下引用)

【得ることもなく失うこともない】



人(衆生)は、心にまつわって苦悩し、心にまつわって憂いている。しかし、その心がこの心を滅しようと欲し、心がこの心を滅して人は解脱する。これこそがこの世で最も不可思議なことである。そこに至れば苦悩がない。そこに至れば憂いがない。それは虚妄ならざる境地である。

ところで、人が覚りの境地に至ったとき、心を得ることもなければ、心を失うこともない。かと言って、心が変わったのでもない。心がすり替わったのでもない。ただ、このとき人はすっかり解脱して仏となるのである。

それゆえに、こころある人は心を捨て去ってはならない。心を得たり、心を失うことを望んではならぬ。聖求と明知を携えた心によってこの心を滅し、その心を生じ、この円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)へと到達せよ。

(以上引用)


*ワン爺のコメント
今回の理法は金剛般若経の「まさに住するところなくして、しかも其の心を生ずべし」という言葉の現代版だと思います。


この記事へのコメント

toshi
2017年11月10日 12:41
 人間の心は、「ころころ転がるが故にこころ」と言われるそうです。・・・人(衆生)は、その不安定な「こころ」に翻弄され、「苦しみ・憂い」を感じながら人生という長い月日を送ることになります。
・・・反面、その「こころ」による、「聖なる求め(聖求」)と「明らかなる智慧(明知)」によって、その「こころ」が、「この心を滅しようと欲し・さらに滅して解脱に導いていく」と言う働きを為すと言うのですから、本当に法(ダルマ)とは不可思議なものであると思わざるを得ません。