我が身にひき比べて

ワン爺の独り言(2017年11月18日)
観(=止観)の目的は人と世の真実の真相を知ることでありますので、相手を観察することが必要です。またそのためには「我が身にひき比べて」ということも必要なのです。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou279.htm


(以下引用)

【我が身にひき比べて】

我が身にひき比べて知るというのは、相手を観察するということである。 もちろん、それは勝手な思い込みであってはならない。 一切の先入観を捨てて、相手を注視しなければならない。

しかし、あからさまに相手を見てしまうと真のすがたを見せてはくれない。 真のすがたを見なければ、我が身にひき比べることもできないことである。

それゆえに、真相を知ろうとする人は正しい観察を為せ。 その具体的なことを思いついたならば、心解脱は近い。 真相を見た人は、それに正しく対処するための表象をも同時に見るからである。

(以上引用)


*ワン爺のコメント
ダンマパダ129番と130番に「己が身をひきくらべて」という言葉がありますが、今回のこの理法でこの言葉の意義がよくわかりました。

この理法には観の実践の注意点が指摘されています。また、私の個人的な見解では、これは「一円の公案」のヒントでもあるなと感じています。


この記事へのコメント

toshi
2017年11月18日 10:15
 観(=止観)の目的は、「人の世の真実の真相を知ること」とされますが、この行(ぎょう)の難易度は相当高いと思います。・・・何より「人間の目は外側に向いているので、他人の行動は良く見えるが、自分自身の行動(あるいは心)を見るのは苦手である」という言葉があるようにです。・・・この教えでは、「相手をしっかりと観察しなさい」と言うところがポイントだと思います。・・・「相手の行動」と言うのは、「自分自身を写しだす鏡だ!」と考えれば、「我が身にひき比べる」事も容易に出来るからです。