遍歴

ワン爺の独り言(2017年11月5日)
覚りへの道は戒律や博学や瞑想などの特別な修行ではなく、「遍歴するうちに覚りに向けた心が培われ、縁あって目の前に現れた智慧(=善知識)を見たときにそれが智慧であると理解することを得、そのようにして見い出した智慧によってまさしく覚るのである」とSRKWブッダは述べられています。正しい遍歴が必要なのです。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou265.htm



(以下引用)

【遍歴】



人を覚らせる智慧(=仏智)はそれぞれがまったくユニークなものである。それゆえに、ある智慧が別の智慧を理解するための参考になるという性質のものではない。それどころか、すでに世に出現した智慧を事細かに解説することは智慧によって覚ろうとする人々の邪魔以外の何ものでもない。そのことを知って、もろもろの如来は智慧そのものについて語ることはないのである。つまり智慧は自ら見い出さなくてはならないものである。

では人は具体的にどのようにして智慧を見い出すのであろうか。それは遍歴するうちに覚りに向けたこころが培われて、縁有って目の前に出現した智慧(=善知識)を見たときにそれが智慧であると理解することを得、そのようにして見い出した智慧によってまさしく覚るのである。@



気をつけて世を遍歴する人はついに智慧を見い出して解脱する──これが実際に起こることである。@



遍歴の期間は人それぞれである。一瞬に覚る人もあれば、長い時間をかけてついに覚る人もある。たとえば知恵の輪を一瞬に解く人もあれば、長い時間をかけてついに解く人があるようなものである。@



それでも遍歴の期間を少しでも短くしたいと希望する人は、次のことに留意するとよい。@



・理法について語らう場を持つこと

・何を為し、何を為さなかったかについて省察すること

・仏教にまつわることがらに触れること

・予め抱く一切の断定を捨て、固執の想いを離れて、毎日を新鮮な気持ちで過ごすこと

・自分よりも弱い人の言動を恕(じょ)すこと

・聞く耳を持つこと

・(可能な人は)如来に問うこと

(以上引用)


*ワン爺のコメント

正しい遍歴については、スッタニパータの「第二小なる章 一三、正しい遍歴」の359偈から375偈に述べられています。私もこのブログで解説しました。そのアドレスは次の通りです。
http://76263383.at.webry.info/201402/article_15.html
から
http://76263383.at.webry.info/201403/article_3.html
までです。興味ある方は参照してください。

さて、「それでも遍歴の期間を少しでも短くしたいと希望する人は、次のことに留意するとよい。」とありますが、このブログを毎日読むことは、遍歴期間を短くするのに役にたつと思います。

「・自分よりも弱い人の言動を恕(じょ)すこと」については、すでに引用しました理法「恕(じょ)すこと」及び「恕(じょ)すことと許すこととは違う」をお読みください。それぞれのアドレスは次の通りです。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou113.htm
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou113_sub.htm


この記事へのコメント

toshi
2017年11月05日 11:57
 「智慧によって覚る」とは、普通に考えて「瞑想あるいは坐禅」によりなし得ると思いがちです。・・・大事な事は、一般的に「修行」と呼ばれるものから「覚り」が得られるのではなく、日常生活の中(遍歴)においてそれ(覚り)が達成されるという点です。そう考えたら、「覚り」を得るための智慧も、百人百色の色合いを持って出現すると言う事になり、よくよく気をつけて世を遍歴(生活)しなければ、自ら智慧を見い出して解脱する事は出来ない・・・という事になります。