偶然ではない

ワン爺の独り言(2017年12月1日)
「この世には、何一つ偶然はない。」と信じられる人が、今回のSRKWブッダの理法の意義が理解できます。読者がこれを読んでいることも偶然ではないのです。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou292.htm



(以下引用)

【偶然ではない】

この世には、何一つ偶然はない。人々(衆生)にとっても、修行者にとっても、覚者にとってもそうである。

そのときに誰かと出会ったのは、まさにそのときでなければならないからなのである。それを覚りの機縁とする人もあれば、それを無為にやり過ごしてしまう者もある。

気をつけている人が、その機縁を正しく機縁と為す。ことに臨んだそのときが、この世においていつでも生じ得るの理由は、気をつけている人があるからである。つまり、まるで偶然に見えて、実は偶然ではないのである。

こころある人は、それ以前のことも、それ以後のことも考えず、ただ目の前のことだけを考える。そこに偉大なる智慧が出現する。その刹那に、一切の心の動揺を静めて、定を為す人があるからである。


[補足説明]

「一円の公案」は、この機微を示唆するものである。


(以上引用)



*ワン爺のコメント
「この世には、何一つ偶然はない。」は全ては因縁によって成り立っているということです。

「そのときに誰かと出会ったのは、まさにそのときでなければならないからなのである。」は因縁はその時に成り立っているということです。

「気をつけている人が、その機縁を正しく機縁と為す。」は気をつけている人が因縁を生かすことができるということです。

「こころある人は、それ以前のことも、それ以後のことも考えず、ただ目の前のことだけを考える。」は、心ある人の態度です。

この記事へのコメント

toshi
2017年12月01日 07:55
 自分自身、60年以上も人生を生きてきて、やっと「この世には、何一つ偶然はない。」という事が
実感できる様になりました。・・・全ては因縁(仏縁)であり、その通りに動くのですが、問題は「素直に「こころの」インスピレーションを受ける」という事ではないかと思います。・・・特に、運命の分岐点となる大事な局面で、自己の我欲(お金・名誉・地位等)を優先すると進路を逸脱することになり、「正しい機縁」が失われて行くのではないかと思います。