懺悔の根底にあるもの

ワン爺の独り言(2017年12月24日)
本物の懺悔は解脱と同時にーーおそらく解脱の直後に起こる感覚なのでしょう。ですから私にはわかりにくいですが、わかるような気がします。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou315.htm


(以下引用)

【懺悔の根底にあるもの】

懺悔(さんげ)の根底にあるものは、「自分は間違っているのではないか?」と言うことではない。懺悔の根底にあるのは、「自分は恥 ずかしいことをしているのではないか?」と言うことである。他ならぬ自らの行為について省察し、心に問うて、その真実を明からめたとき、解脱の機縁を生じ る。

ただし、修行者は懺悔によって解脱を果たすわけではない。解脱と同時に──おそらく解脱が一瞬早く生じその後──懺悔を生じ得るということである。

(以上引用)


*ワン爺のコメント
他ならぬ自らの行為について省察し、心に問うことは観(=止観)ですから、それは解脱への修行の一つですから、それが解脱につながり、本物の懺悔につながるのでしょう。


この記事へのコメント

toshi
2017年12月24日 08:01
 解脱の機縁を生じさせる懺悔とは、「自分は恥ずかしいことをしているのではないか?」とありますが、現世の事のみを問うているのではなく、無始の昔(果てしなく遠い過去)から継承されてきた自分自身・・・すなわち、「業熟体(ごうじゅくたい)」の事であり、・・・「つまり私自身の根っこは底なく深く、ふかいふかい闇・・・」(『脳幹と解脱』玉城康四郎著51頁)そのものなのです。・・・遙か彼方の遠い遠い過去からの「自らの行為について省察し、心に問うて、その真実を明からめたとき」に解脱の機縁が生じるのであると思います。
ノブ
2017年12月24日 21:56
自分自身に対して恥ずかしいと思う事はあります。