真理の集い

ワン爺の独り言(2018年2月13日)
「道を求め、真実を知ろうと熱望する人々が、理法について語らうならば、それは決して空しからざるものとなるであろう。」とはSRKWブッダの言葉です。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/udana033.htm


(以下引用)

【真理の集い】



道を求め、真実を知ろうと熱望する人々が、理法について語らうならば、それは決して空しからざるものとなるであろう。かれらは、互いにことわりを聞かせて、ついに真理を聞き及ぶに至ると期待され得るからである。その語らいは、少なからぬ福徳と、大いなる功徳を生じるよすがとなるのである。

この浄らかな集いでは、それぞれがそれぞれに、悪口を口にせず、いつわりを語らず、両舌をこととせず、(決して好んで)下らない話をしない。この浄らかさゆえに、この浄らかな集いはサンガ(僧伽)と名づけられる。それは、形式と形体とを問わず、道の人によって営まれる真理の集いであり、その浄らかさは努力なくして継続されるものである。



もし人が、そのような真理の集いを見たならば、こころに歓喜してその集いに加わるべきである。その集いは、来た人を決して悲しませることがないからである。

こころある人は、自らの明知によって、世に稀有に現れるこの真理の集い(=サンガ(僧伽))を見いだして、ただ聞くだけでもよいからその集いの中にあれ。

(以上引用)


*ワン爺のコメント
「道を求め、真実を知ろうと熱望する人々」はどれほどおられるかわかりません。また、そのような方がおられても、めぐり合うことはなかなか難しいものです。

もし、私のこのブログがそのような方を結びつける役割を担えれば幸いです。

最近はスカイプ等によって、その気があれば北海道から九州や沖縄まで(外国でも)気楽に話ができます。現に私は何人かの方と時々スカイプでお話ししております。興味のある方は連絡してください。私のメール・アドレスはブログのトップページに記載してあります。





この記事へのコメント

toshi
2018年02月13日 07:33
人間は、たった一人では「覚り=解脱」(ニルヴァーナ)に至ることは出来ません。善知識と邂逅を果たし「法の句」を聞かねばならない・・・という理由もありますが、一人だと「自分自身を知る」ことすら難しくなってしまいます。そこで、真理の集い(=サンガ(僧伽))の役割です。・・・「ただ聞くだけでもよいからその集いの中にあれ。」と。