自らに依拠している人

ワン爺の独り言(2018年2月27日)
「自らに依拠すること」について、わかっている気になっていましたが、この感興句を読んで、こういうことだったのかとわかりました。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/udana047.htm



(以下引用)

【自らに依拠している人】



そのことを聞こうが聞くまいがそれに関係なく、自分はきっとそれをそのように思ったであろうと確信できるならば、かれは自らに依拠している。

そのことがあろうがなかろうがそれに関係なく、自分はきっとそれをそのように理解し、きっとそれをそのように為したであろうと確信できるならば、かれは自らに依拠している。

そのことを目の当たりにしようがしまいがそれに関係なく、揺らぎ無く、自分はその為そうとしたことを断乎として為すと決心しているのであるならば、かれはまさしく自らに依拠している。

明知の人は、世間の何を見聞きしようとも、その見聞きしたことに心が汚されない。先天的なことがらについても、先験的なことがらについても、それ以外のどのようなことがらについても、それらがかれの自由な行為を束縛することはあり得ない。かれこそ自らに依拠している人なのである。

円かなやすらぎを求め、道を歩み行く賢者は、つねにそのようであれ。

(以上引用)


*ワン爺のコメント
「一つの岩の塊りが風に揺るがないように、賢者は非難と賞賛とに動じない。」はダンマパダ81偈ですが、この賢者は「自らに依拠している人」であるということだと思いました。



この記事へのコメント

toshi
2018年02月27日 07:34
 自らに依拠して修行を進めるのは中々難しい事です。・・・ですが、正しい道を歩んでいる「明知の人」ならば、きっと「的外れなことをしない」はずであるから、「揺らぎ無く、自分はその為そうとしたことを断乎として為すと決心し」て修行を進める事で、「自らに依拠している人」と呼ばれるのだと思います。