侮ってはならないもの

ワン爺の独り言(2018年2月28日)
「火は、小さくとも侮ってはならない。毒を持つ生きものは小さくとも侮ってはならない。そして、欲望はたとえそれが小さくとも決して侮ってはならないものである。」とSRKWブッダは説かれます。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/udana048.htm



(以下引用)

【侮ってはならないもの】



この世には、小さくとも侮ってはならないものがある。

火は、小さくとも侮ってはならない。毒を持つ生きものは小さくとも侮ってはならない。そして、欲望はたとえそれが小さくとも決して侮ってはならないものである。

心が欲望を起こすと、汚いものでも綺麗に見える。醜いものでも美しく感じる。あやしげなものでも真っ当(正統)なものに思える。間違ったやり方でも正しい方法であると認めてしまう。

しかしながら、心にわき起こる欲望を自ら制し、(正しく)導く聡明な人は、世間の何に触れても心が汚されることがない。かれは、まことであるものをまことであると見、まことでないものをまことではないと見るのである。かれは、異教にさそわれるということがない。かれは、決して平らかでない道を平らかに歩み行き、ついに円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)に至るであろう。

人の聡明さは、他ならぬかれ自身の心構え一つによっている。賢者は、自分ならざる何ものにも依拠せず、ただ自らに依拠して道を見いだす。そこには、微かな疑惑さえも存在してはいない。かれの明知が、決してかれの道の歩みを誤らせない。

こころある人は、自らの心にわき起こる侮るべからざるものを決して侮ることなく、悪を小さなうちに制し導き、とどめて、自らの歩むその道を自らによって浄めかし。

(以上引用)


*ワン爺のコメント
「火は、小さくとも侮ってはならない。毒を持つ生きものは小さくとも侮ってはならない。そして、欲望はたとえそれが小さくとも決して侮ってはならないものである。」その理由を述べるまでもありませんが、一応書いておきましょう。
小さな火でも、油断すると大火事になる恐れがあるからです。
毒を持つ生きものは小さくとも、それに刺されたり、噛まれたりすると死に至ることがあるためです。
小さな欲望はそれが満たされても、さらに大きな欲望になるからです。大きな欲望に飲み込まれた人は、その欲望のために苦しみ、その人は決して解脱することができなくなるためです。

なぜ解脱できなくなるかといえば、この感興句に述べられているように、「心が欲望を起こすと、汚いものでも綺麗に見える。醜いものでも美しく感じる。あやしげなものでも真っ当(正統)なものに思える。間違ったやり方でも正しい方法であると認めてしまう。」からです。



この記事へのコメント

toshi
2018年02月28日 07:36
 人間特に若輩の頃は、社会経験が希薄なのに「年寄りだから」、「自分より若いから」、「知識(能力)がなさそうだから」・・・等といって不遜で傲慢で、相手を侮った態度を取りやすいものだと経験上よく理解出来ます。・・・「この世には、小さくとも侮ってはならないものがある。」・・・この教えは、原始仏典にも出ておりますが「全くその通り」だと思います。