ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第1章 無常 第26偈

26 この世においては、過去にいた者どもでも、未来にあらわれる者どもでも、一切の生き者は身体を捨てて逝くであろう。智ある人は、一切を捨て去ることを知って、真理に安住して、清らかな行ないをなすべきである。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
「智ある人は、一切を捨て去ることを知って、真理に安住して、清らかな行ないをなすべきである。」とありますが、清らかな行ないとは何でしょうか?

その答えは慈悲喜捨の心に基づく行ないと言ってよいと思います。慈悲喜捨についてはSRKWブッダの理法にその解説があります。そのはじめの部分を引用しておきますが、詳しくは次のアドレスの理法をお読みください。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou001.htm


(以下引用)

【慈悲喜捨】

慈悲喜捨は、完成された円かなるこころ(完成された完備なこころ)の4つの側面です。したがって、慈悲喜捨なるこころに生きることは、覚りの境地に至った人の行為そのものであると言ってよいでしょう。


慈:慈しみの心。相手に今それを完全な形で与えることが本当は無理であろうということを承知の上で、それにもかかわらずより最高のものを与えようとする其の心。ものおしみ(飢渇)を制した其の心。

悲:世の中には「そのような悲しみ(煩悩)」があることを如実に知って、不誠実な行為(例えばひけらかすこと)をしない決心をする其の心。高ぶり(妄執)を制した其の心。


喜:大事な局面において、相手が喜び、自らも喜び、目撃した人(ギャラリー)も喜び、伝え聞いた現代の人々および未来の人々も喜び、かつ賞賛するであろうという随時の確信を以て行為する其の心。見下し(嫌悪)を制した其の心。


捨:自らをあらゆる点において捨て去ることによってのみ完成する、やさしさの究極である其の心。 愛著(欲望)を制した其の心。

(以上引用)

この記事へのコメント

SRKWブッダ
2018年06月12日 11:22
智ある人は、一切を捨て去ることを知って:

明知ある人は、一切についての妄執とこれにまつわって起こる苦悩とを捨て去り得る――その術がある――ことを心に知って

というほどの意。