ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第1章 無常 第29偈

29 なんじ、いやしき<老い>よ! いまいましい奴だな。お前はひとを醜くするのだ! 麗しい姿も老いによって粉砕されてしまう。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
この偈がブッダの感興句とは、私には思えません。しかし、ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)に掲載されていることは、ブッダが衆生の言葉として述べられたのかもしれません。

ブッダはダンマパダで次のように述べておられます。
110 素行が悪く、心が乱れていて百年生きるよりは、徳業があり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。
111 愚かに迷い、心の乱れている人が百年生きるよりは、智慧あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。
112 怠り怠けて、気力なく百年生きるよりは、堅固につとめ励んで一日生きるほうがすぐれている。
113 物事が興りまた消え失せることわりを見ないで百年生きるよりは、物事が興りまた消え失せることわりを見て一日生きるほうがすぐれている。
114 不死の境地を見ないで百年生きるよりは、不死の境地を見て一日生きるほうがすぐれている。
115 最上の真理を見ないで百年生きるよりは、最上の真理を見て一日生きるほうがすぐれている。 



この記事へのコメント

toshi
2018年06月15日 07:13
「止まる事なき時間(とき)の流れ」(無常)により、私(自分)に存在したはずの「若さ」は全て失われてしまいました。・・・「この世はすべて移ろう。ただし、これを理解すれば覚れるのではない。何か普遍的なものを見つければ覚れるのでもない。そうではなくて、それが苦の根本原因であることを理解しなければならない。そこに執著(我執および愛執)を起こすゆえに、人は苦悩するのである。その真実を把捉しなければならない。」(「SRKWブッダTwilog」(2013.7.16)より引用)
SRKWブッダ
2018年06月15日 09:44
移ろうものについての執著も、衆生にとってはそれはまさしく正当なものに思える。しかしながら、実際には、そこにいかなる正当性も存在せず、理法(ことわり)に適った行為では無いのである。実に、衆生はここに迷っている。