ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第1章 無常 第17偈

17 牛飼いが棒をもって牛どもを駆り立てて牧場に到着させるように、老いと死とは諸の病いをもって人々の寿命を終わらせる。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
この感興句はダンマパダ135偈「牛飼いが棒をもって牛どもを牧場に駆り立てるように、老いと死とは生きとし生けるものどもの寿命を駆り立てる。」(中村元訳)とほぼ同じです。
この偈について2009年の4月4日に解説を書いています。アドレスは次の通りです。
http://76263383.at.webry.info/200904/article_4.html

その時は、セネカの「人生の短さについて」(岩波文庫)を引用して、「われわれは短い時間を持っているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。」と説明していました。さらに、この偈の因縁物語よりこの偈を説明していましたが、因縁物語は経典の編者がこじつけで添付したようなものがあるため、感興句の言葉に沿って理解すべきだと思います。

ところで、昨日引用した感興句について、SRKWブッダが次のようなコメントをして下さいました。今回の偈について学ぶに際しても、その内容は適切だと思いますので、引用します。

「為すべきことを為し遂げてこそ、人は苦しみを脱することが出来る。(ニルヴァーナに至る)功労でも些細なことでも、それらは何一つ、極わずかさえも為し遂げたことにはならない。為すべきことが何であるか分かったとき、すでにそは為し遂げられている。」


この記事へのコメント

SRKWブッダ
2018年06月04日 07:47
この世のことがらには、すべて兆候がある。牛飼いの棒も諸の病もそうである。そして、覚りにも兆候が存在している。気をつけている人が、その希有なる兆候を見て、因縁を生じ、ついに一切の苦悩から解脱する。