ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第2章 愛欲 第15偈

15 愛欲を貪っている人々は実に放逸(わがまま)であって、なしてはならぬことを楽しんでいる。死の危機が迫って来るのをかれらは見ない。___人生は短いのに。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
この第2章では愛欲について述べられていますが、それを端的に表現する言葉は「妻や子にひかれること」だと思います。とすると愛欲を貪る人々は実に放逸(わがまま)であって、なしてはならぬことを楽しんでいるとはどういうことでしょう。

中村先生が放逸(わがまま)と訳された言葉はパーリ語ではパマーダだと思いますが、テーラワーダ仏教の教義では「気づきがないこと」になります。しかし、妻や子にひかれることが、わがままということでも、気づきがないことでも、意味がしっくり行きません。

私は、妻や子にひかれること、特にそれを貪ることで問題なのは、差別することではないかと思います。そのために他の人々をないがしろにすることが問題なのです。それが「なしてはならぬことを楽しんでいる。」ことなのです。

後半の文章「死の危機が迫って来るのをかれらは見ない。___人生は短いのに。」については、第1章で繰り返し学んできたことです。人生は短いのですから、愛欲を貪っているヒマはないのです。


この記事へのコメント

ノブ
2018年07月12日 00:17
愛執によって、自分や他者を縛り付けることが、なしてはならぬことと言われているのだと私は思いました。