ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第3章 愛執 第1偈

1 あれこれ考えて心が乱され、愛欲がはげしいのに、愛欲を清らかだと見なす人には、愛執がますます増大する。この人は実に束縛の絆(きずな)を堅固ならしめる。
(ダンマパダ334およびそれに対する注参照)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
第3章のテーマは愛執です。7月12日のブログ記事に私は次のように書きました。
「中村先生はパーリ語のタンハーを、(仏教用語では渇愛と訳されていますが、)そのようには訳さず、妄執あるいは愛執と訳されておられます。そのことについてはいずれ考察いたします。」

ダンマパダ334偈の注を読みますと、中村先生はダンマパダ第24章はタンハーではなく、タシナーだと考えておられたことがわかります。そのために妄執と訳さずに愛執と訳されたのです。

中村先生はタンハー(渇愛)は妄執、タシナーを愛執に訳されていたのですから、「妄執あるいは愛執と訳されておられます。」は誤りでした。

さて、第3章のこの偈にまできて、今まで私はウダーナヴァルガを軽視していたことを残念だったと思うと同時に、中村元先生が岩波文庫にダンマパダと並べて訳出されたことを感謝申し上げます。そうでなければ、このウダーナヴァルガに出会うことはなかったと思います。このことは、私のみならず、多くの日本人にも言えることだと思います。

この偈で「愛欲がはげしい人は、愛執が増大して、執著になり、苦しみになる。」ことがはっきりわかります。



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