ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第3章 愛執 第14偈

14 神々も人間も愛執に依っていて、欲求している。その執著をなす愛執を渡ってのり超えよ。汝は瞬時も空しく過すな。時を空しく過した人々は地獄に落ちて憂いに沈む。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
仏教では、神々も解脱していないので、輪廻の世界の生命であると考えています。ただし、神々の世界(天道)は苦が非常に少なく、楽の多い世界です。ちなみに人間道は苦と楽が半々、修羅道は少しの楽と多くの苦、畜生道、餓鬼道になるにしたがって楽はなくなり、苦が非常に多くなり、地獄道は樂はなく、苦のみの世界になります。

神々も人間も愛執があるから、輪廻を繰り返しているのです。生命を輪廻の世界に結びつけているものは執著ですが、愛執があるから執著が現れ、輪廻を繰り返すのです。ですから愛執を渡って乗り超えよと仰っておられるのです。

「汝は瞬時も空しく過すな。」とは、愛執により悪行をしてしまうので、悪行をして地獄に落ちることが無いように常に気をつけておれということです。

「地獄に落ちる」ことについて、ちょうど昨日のブログ記事に次のようなコメントがありましたから、引用させていただきます。ありがとうございます。
◆コメント
《ニックネーム》
toshi
《内容》
 報道によると本日(2018.7.26)、オウム真理教の死刑囚(4名)の刑が執行されたようです。・・・たった今、目にした「SRKWブッダのTwilog」に、昔私が「ある宗教団体」に所属していたときに感じた「誤った教えを広めることの恐ろしさ」が説かれており、因縁を感じたのでコメントさせて頂きます。・・・「地獄に堕ちるのは、恐ろしいことである。地獄に堕ちないためには、悪行を為さないことが大事である。要するに、理法(ことわり)を広めないと地獄に堕ちるのではなく、誤った教えを広めて人々を迷わせると地獄に堕ちるということである。したがって、つつしみある人はその心配がない。」(2014.9.17) 
(以上引用)

参考にしてください。


この記事へのコメント

てくてく
2018年07月27日 07:57
おはようございます。
てくてくと申します。
書き込み失礼します。

自分は、これでなくてはダメ、これがなくてはダメ、あれでなくてはダメ、あれがなくてはダメというあてどもない気持ちよりも、後悔しないこと、悲しませないことを大事にしたいです。