ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第4章 はげみ 32偈

32 修行者はいそしむことをを楽しみ、放逸(なおざり)のうちに恐ろしさを見、堕落するはずはなく、すでにニルヴァーナの近くにいる。

(ダンマパダ32 いそしむことをを楽しみ、放逸におそれをいだく修行僧は、堕落するはずはなく、すでにニルヴァーナの近くにいる。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
先日引用したSRKWブッダの理法「次第次第に」に次のような言葉があります。
「それゆえに、逆説的ではあるが、次第次第に円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)へと近づいている聡明な人なれば、未だ解脱が起きないからと言って決して悲観するにはあたらない。それがまさしく起きたときは完全に解脱して〈特殊な感動〉を生じ、円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)へと至るに違いないからである。同時に、かれは覚りの全貌を理解するであろう。」

すなわち、修行者はいそしむことをを楽しみ、放逸(なおざり)のうちに恐ろしさを見る人は、次第次第にニルヴァーナに近づいているのであり、いつニルヴァーナに到達してもおかしくないのです。その意味でニルヴァーナの近くにいるのです。


この記事へのコメント

toshi
2018年08月27日 07:11
 「修行・修行法」に関連し・・・「 もし、どうしても具体的な修行法を知りたければ観(=止観)がそれにあたる。ただし、あり得べき観(=止観)を実践する者は少ない。そもそも、正しい観(=止観)に辿り着くことそれ自体が、観(=止観)の目的なのである。」(「SRKWブッダTwilog」(2015.7.23)より引用)