ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第5章 愛するもの 20、21、22、23偈

20 久しく旅に出ていた人が、遠方から無事に帰ってきたならば、親戚、親友、友人たちは、かれが帰って来たのを祝う。

(ダンマパダ219 久しく旅に出ていた人が、遠方から無事に帰ってきたならば、親戚・友人・親友たちは、かれが帰って来たのを祝う。)

21 そのように、善いことをしてこの世からあの世に行った人を、善業が喜んで迎える。___愛しい親族が帰って来たのを、喜び迎えるように。

(ダンマパダ220 そのように善いことをしてこの世からあの世に行った人を善業が喜んで迎え受ける。___親族が愛する人が帰って来たのを迎え受けるように。)

22 その故に、来世のために功徳(くどく)を積め。功徳は実にあの世における人々のよりどころであるからである。

23 神々は功徳をほめたたえる。正しい行いをなす人は、この世で非難されることがなく、また死後には天にあって楽しむ。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
昔は、通信手段が発達していませんでしたから、遠方に永く旅をしている人の安否は確認できませんでした。盗賊や猛獣、その他の災害、また病気など心配もありました。それだけに、長旅から帰ってきた親族や友人の喜びもひとしおだったと思われます。

20偈、21偈は事実を述べただけですから、22偈、23偈でその意味を述べています。しかし中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」の注釈には、「22偈、23偈両詩句は、漢訳もチベット訳もなく、もちろん『ダンマパダ』のうちにもないので、後世に挿入されたものだろう。」と記されています。

そのためでしょうか、善業と功徳の関係が不正確のように思われます。

業と福徳、功徳と因縁などの詳細は、SRKWブッダの理法「功徳と福徳」を参照して下さい。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou046.htm


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