ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第8章 ことば 3偈

3 毀(そし)るべき人々を誉め、また誉むべき人々を毀る者___かれは口によって悪運をかさね、その悪運のゆえに幸(しあわ)せを受けることができない。

(スッタニパータ658 毀(そし)るべき人を誉(ほ)め、また誉むべき人を毀る者、___かれは口によって禍をかさね、その禍のゆえに福楽を受けることができない。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
スッタニパータ658については、以前次のアドレスのブログ記事で解説しました。
https://76263383.at.webry.info/201410/article_28.html

そこでは、以下のように書いてあります。
非難すべき人を賞賛するとは、悪いことをする人を賞賛することです。つまり悪行為を賞賛することは、その人の心は悪行為を自分もしようと思っているのです。悪行為とは、よく考えると生命を慈しむことに反する行為なのです。生命を慈しむとは自然法則です。なぜならば世界は、生命のネットワークによって成り立っているからです。その自然法則に反する行為は、自己破壊に繋がるのです。そのような生き方はあらゆる所で法則に反するために、失敗します。失敗するということは運が悪いということです。幸福になれません。

以上ですが、なんとか合理的に説明しようとしていますが、最後に「運が悪いということです」と書いてあるのは、何でしょうか。

今では、合理的に説明でいないことがあると思っていますので、このようには言いません。
功徳を積んでいる人はすべてが上手く行き、幸福になるのです。神々の御加護があると思っています。今回の偈はそれとは逆で、功徳を積むどころか、悪行為をする人は、悪魔の誘いに乗って、悪業を重ねるので、不幸になるのです。


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