感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第16章 さまざまなこと 3偈

3 起て、つとめよ。自分のよりどころをつくれ。鍛治工が銀の汚れをとり去るように、自分の汚れをとり去れ。汚れをはらい、罪過(つみとが)がなければ、汝らはもはや生と老いとを受けないであろう。

(ダンマパダ236 だから、自己のよりどころをつくれ。すみやかに努めよ。賢明であれ。汚れをはらい、罪過がなければ、天の尊い処に至るであろう。)

(ダンマパダ238 だから、自己のよりどころをつくれ。すみやかに努めよ。賢明であれ。汚れをはらい、罪過がなければ、汝はもはや生と老いとに近づかないであろう。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
「自分のよりどころ」とは、素直な心です。それは心の汚れをとり去ることによって現れるのです。ですから、自分の汚れをとり去れと述べているのです。

「汚れをはらい、罪過(つみとが)がなければ、」、素直な心が現れますから、そうすれば、「生と老いとを受けないであろう。」と述べています。

「生と老いとを受けないであろう。」とは、輪廻を脱するということです。生まれ変わらなければ、死ぬことはないのです。もちろん、老いることもないのです。

ダンマパダ236の「天の尊い処に至るであろう。」は、梵天の世界に赴くであろうという事です。
また、ダンマパダ238の「生と老いとに近づかないであろう。」は、繰り返しますが、輪廻から脱して、ニルヴァーナに至るということです。「汚れをはらい、罪過(つみとが)がなければ、」どちらかの世界に赴くという事です。



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