感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第15章 念(おも)いをおちつけて 13偈

13 ガウタマの弟子たちは、よく覚醒していて、かれらは昼も夜もつねに法を念じている。

(ダンマパダ297 ゴータマの弟子は、いつもよく覚醒していて、昼も夜も常に法を念じている。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
「法を念じる」とはどういうことか書いてみます。

まず、先日(2月4日)に引用したSRKWブッダの「法(ダルマ)」に関する文章を復習の為に再度引用します。

(以下引用)

「 法とは、ダルマの漢訳である。では、法はなぜ三宝の一であると言われるのであろうか。それ を説明したい。
そもそも、法(ダルマ)とは何であろうか。現代的に表現すれば、次のようになる。
『法とは、正しいということである。人は、この法によって真実を知り、この法によって解脱し、この法によって仏ともなる。それがそのように現れたとき、法は確かに世に出現したので ある。』
さて、法が宝であると言われるのは、次の特徴があるからである。

・ 法は、人を苦悩の輪廻から解脱せしめる働きをもつ唯一のものである。法以外の何によっ ても、人は苦悩から解脱することはできない。それで、法は宝であると言われる。

・ 法は、遍く存在する。つまり、いつの世にも、世界のどの場所にも、誰からでも現出し得 るものであり、人を区別せずに利益(りやく)をもたらす。それで、法は宝であると言われる。

・ 法は、人を一切の争いから救う。法を現出した人も、それを見た人も、その場に居ただけの人も、伝え聞いた人も、親しい人も、親しくない人も、敵さえも、一切の争いから救う。それで、法は宝であると言われる。

・ 法は、異教・異端を苦しめない。何を信じ、奉じていても、一瞬に信仰を起こした人を区別無く苦悩から解脱せしめ、そうでない者さえも苦悩に突き落とすことがない。それで、法は宝 であると言われる。

・ 法は、不退転の果報を生じる。法によって一度ニルヴァーナに達したならば、苦の境涯に 逆戻りすることが決してない。それで、法は宝であると言われる。

・ 法は、人を賢者にする。愚かな者も、邪な者も、悪人さえも、法を得たならばすべて賢者となる。それで、法は宝であると言われる。

・ 法は、悪を制し、死を超える働きを為す。法を得た人は、悪魔とその軍勢とを撃破して、 死の王に決して見られることがなくなる。それで、法は宝であると言われる。」

(以上引用)

引用した法の特徴の一つでも、「その通りだ」と実感された時、法を念じたと言えます。

そのためには、冷静で、落ち着いていなければなりません。


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