感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第16章 さまざまなこと 16偈

16 田畑の汚れは雑草であり、この人々の汚れは情欲である。それ故に、情欲を離れた人々に供養して与えるならば、大いなる果報をもたらす。 

(ダンマパダ356 田畑は雑草によって害われ、この世は人々は愛欲によって害われる。それ故に愛欲を離れた人々に供養して与えるならば、大いなる果報を受ける。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
雑草の生えた田畑に種をまいても、期待する収穫が得られません。雑草がよく刈り取られた田畑に種を植えれば、多くの収穫が得られるのです。そこで、田畑の汚れは雑草であるというのです。

人間の場合は、情欲を離れた人々に供養して与えるならば、多くの功徳があります。これを大いなる果報をもたらすというのです。しかし、情欲を離れていない人々に供養して与えても、功徳はないのです。それで、人々の汚れは情欲であるというのです。

情欲を離れた人々の存在は、周りの人々の関係をよくし、明るくします。ですから、それが縁になって功徳をもたらすのです。

功徳と類似の言葉として、福徳という言葉があります。それぞれの意味と違いについて、SRKWブッダのホームページの理法「功徳と福徳」に解説されていますので、是非参照してください。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou046.htm

さらに、「供養と功徳」の関係については、次のアドレスの理法で詳しく述べられています。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou099.htm



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