感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第16章 さまざまなこと 23偈

23 骨で都市の城壁がつくられ、それに肉と血とが塗ってあり、愛と憎しみとおごり高ぶりとごまかしとがつめまれている。

(ダンマパダ150 骨で城がつくられ、それに肉と血とが塗ってあり、老いと死と高ぶりとごまかしとがおさめられている。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
都市は人間の比喩です。その肉体の骨格は骨でできています。それに肉が覆い、その間の血管張り巡らされていて、血が流れているのです。しかし、それだけではなく、人間には愛や憎しみとおごり高ぶりとごまかしという目に見えないものも詰め込まれているというのです。

ダンマパダ150では、肉体部分は同じですが、目に見えない部分は「老いと死と高ぶりとごまかしとがおさめられている。」としています。

このような違いがありますが、なぜこれらの偈はこのような表現をしているのでしょうか?

それは、人間である自分を曖昧に感じるのではなく、客観的に自覚することが、悩み苦しみをなくすために必要だからです。

「愛と憎しみとおごり高ぶりとごまかしとがつめまれている。」の「愛」についてもにのみ説明します。

「愛」に続いて「憎しみ」という言葉が続きますから、現代人では、キリスト教的な「愛」のイメージがあると思いますが、仏教用語としての「愛」について、仏教辞典には「人間の最も根源的な欲望」また「喉の渇いた人が水を欲しがるような激しい欲望、盲目的な欲望」などと記されてます。よい意味における愛は、仏教では慈悲という言葉を使うのが普通です。



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