感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第16章 さまざまなこと 6偈

6 以前には怠りなまけていた人でも、のちに怠りなまけることが無いなら、その人は念(おも)いを落ちつけていて、この世でこの執著をのり超える。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
この偈の前半は、昨日の5偈と同じです。昨日も書きましたように、怠りなまけることが無いとは、気をつけていることを怠けないことです。すなわち、つねに相手の気持ちや、自分の気持ちをよく感じ取って、傷つけたり、悲しませないようにすることです。

それは、念(おも)いを落ち着けなければできないし、その時は念(おも)いは落ち着いているのです。

そして昨日は、「その人はこの世の中を照らす。」と述べられていましたが、今回は、「この世でこの執著をのり超える。」と述べられています。その時は、その人の愛執(我がものという念い)、我執(我ありという念い)がないのです。


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