感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第16章 さまざまなこと 7偈

7 たとい年の若い修行僧でも、出家・遍歴して、仏の教えにいそしむならば、その人はこの世を照らす。___雲を離れた月のように。  

(ダンマパダ382 たとい年の若い修行僧でも、仏の道にいそしむならば、雲を離れた月のように、この世を照らす。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
この偈では、「たとい年の若い修行僧でも」とありますので、年の若い修行僧は、人生経験や修行経験が少ないので、修行を完成することはできないと思われたのです。しかし、修行の完成とは、解脱することですが、それは人生経験や人生経験の長さとは関係がないのです。それは因縁によるのです。

ですから、若い修行僧でも、出家して、これは形式的な出家ではなく、発心を意味します。また、正しい道を自ら求める為に、遍歴するのです。これも縁によるのです。縁に従って、仏の教えにいそしむならば、その人は本当に優しい人になります。そのような人は、周りの人々を悲しませることなく、明るくします。むことなく、それが「この世を照らす。」ということです。

一つ付け加えるならば、ここでは「たとい年の若い修行僧でも」とありますが、年老いた修行僧でも同じあると言います。歳をとると若さや力がなくなるけれでも、発心して、遍歴して、仏の教えにいそしむならば、その人はこの世を照らすのです。





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