感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第18章 花 1偈、2偈

1 だれがこの大地を征服するであろうか? だれが神々とともなる閻魔の世界を征服するであろうか? わざに巧みな人が花を摘(つ)むように、善く説かれた真理のことばを摘み集めるのはだれであろうか?

2 学びにつとめる人こそ、この大地を征服し、神々とともなる閻魔の世界を征服するであろう。わざに巧みな人が花を摘(つ)むように、学びつとめる人々こそ、善く説かれた真理のことばを摘み集めるであろう。

(ダンマパダ44 だれがこの大地を征服するであろうか? だれが閻魔(えんま)の世界と神々とともなるこの世界とを征服するであろうか? わざに巧みな人が花を摘(つ)むように、善く説かれた真理のことばを摘み集めるのはだれであろうか?)

(ダンマパダ45 学びにつとめる人こそ、この大地を征服し、閻魔の世界と神々とともなるこの世界とを征服するであろう。わざに巧みな人が花を摘むように、学びつとめる人々こそ善く説かれた真理のことばを摘み集めるであろう。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
1偈は問いで、2偈はその答えですので、一緒に掲載した。

「この大地」とは人間の世界です。「神々とともなる閻魔の世界」とは輪廻の世界です。ですから、初めの二つの問いは、まとめて誰が輪廻の世界を征服するのであろうか?ということになります。
人間の世界を征服するのは、アレキサンダー大王やジンギスカンのような人もイメージできますが、輪廻の世界の征服者はそのような人ではありません。

第三の問い「善く説かれた真理のことばを摘み集めるのはだれであろうか?」は、輪廻の世界の征服者のヒントになっているのです。

では、その答えです。「学びにつとめる人」が輪廻の世界の征服者です。なぜでしょうか?

それを理解するためには、次の言葉が重要です。「真理の言葉」、パーリ語ではダンマパダ、SRKW
ブッダの言われる「法の句(善知識)」です。

真理の言葉(法の句)こそが、人をして解脱せめるからです。しかし、法の句を聞いてそれが法の句であると理解できなければ、その人は解脱しません。学びつとめる人こそが、因縁により、法の句を聞いて、それが法の句と知り、解脱するのす。解脱者は、輪廻の世界を脱していますので、もう輪廻をしません。輪廻の世界を征服しているのです。

真理の言葉(法の句)こそが「花」なのです。






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