感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第18章 花 4偈

4 たとい僅かであろうとも、親族に対する人の欲望が断たれていないあいだは、その人の心はそこに束縛されている。___乳を吸う子牛が母牛を恋い慕うようなものである。 

(ダンマパダ284 たとい僅かであろうとも、男の女に対する欲望が断たれないあいだは、その人の心はそこ束縛されている。___乳を吸う子牛が母牛を恋い慕うように。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
解脱を目指す人は、すべての束縛から脱して、解放されなければなりません。しかし、自分をよく観察すると、自分の心が多くのものに束縛されていることを知ります。

外から「それはいけないあれはいけない」と言われて、それに束縛されている場合がありますが、内から「それはいけない、あれはいけない」と自分で自分を束縛している場合も多いのです。

さらに、依存という形で束縛されているのです。束縛といっても自分からその束縛を求めているのです。「親族に対する人の欲望」などはその一つです。しかし、自分ではそれを束縛とは思っていませんから、その束縛を断つことは難しいのです。

ですから、「親族に対する人の欲望が断たれていないあいだは、その人の心はそこに束縛されている。」と述べられているのです。





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