感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第18章 花 21D偈

21D 池に生える蓮華の茎や花をば、水にもぐって折り取るように、おごり高ぶりをすっかり断ち切ったった修行者は、こちらの岸を捨て去る。___蛇が旧い皮を脱皮して捨て去るようなものである

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
この偈も、21A偈と同じ構造です。テーマは「おごり高ぶり」です。

おごり高ぶりは、別の言葉で言えば、高慢です。高慢の意味は「自分の才能・容貌(ようぼう)などが人よりすぐれていると思い上がって、人を見下すこと。」です。

高慢な人は他人を見下すことによって傷つけることもしていますが、世の中には上には上がいるもので、自分より上の人から自分が傷つけられ、苦しむことになるのです。(実は、このような現象はありますが、お互いにこのように思っているだけなのです。真実は優れているとか劣っているといるとはないのですから。)

おごり高ぶり(高慢)の問題点は、他人と比較するという思いなのです。

「おごり高ぶりをすっかり断ち切ったった修行者」とは、他人と比較するという思いが完全に存在しない人なのです。

この偈の理解するために、参考になるスッタニパータの偈を引用します。それは、昨日引用した偈の次の842偈です。
(以下引用)
『等しい』とか『すぐれている』とか、あるいは『劣っている』とか考える人、___かれはその思いによって論争するであろう。しかしそれらの三種に関して動揺しない人、___かれには『等しい』とか『すぐれている』とか、(あるいは『劣っている』とか)いう思いは存在しない。
(以上引用)




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