感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第18章 花 21E偈

21E 池に生える蓮華の茎や花をば、水にもぐって折り取るように、貪りをすっかり断ち切ったった修行者は、こちらの岸を捨て去る。___蛇が旧い皮を脱皮して捨て去るようなものである。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
今回の偈も、21A偈と同じ構造です。テーマは「貪り」です。

貪りは、貪欲と言っていいのです。貪欲は単なる欲とは違って、欲の対象に執著することです。単なる欲は生きるために必要なものもあります。単なる欲は、欲の対象を帰ることが可能です。例えば、パンが食べたいと思っても、パンがなければ、うどんでもいいのです。しかし、欲の対象に執著している人はパンをうどんに変えられません。

これは、心に余韻作用、変換・増幅作用があるために起こるのです。パンを食べたいといつまでも思っているからであり、またパンが絶対に食べたいものなのだと思いを変換し、その思いを増大させているからなのです。

貪りをすっかり断ち切ったった修行者は、心から余韻作用、変換・増幅作用をなくした修行者は、執著心がありませんから、こちらの岸を捨て去てて、ニルヴァーナに至るのです。

最後に私ごとですが、昨日は孫娘(2歳6ヶ月)に朝から晩まで付き合っていて、ブログが書けませんでした。悪しからず。孫の心の余韻作用、変換・増幅作用は強烈でした。




この記事へのコメント