感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第18章 花 10偈

10 うず高い花を集めて多くの華鬘(はなかざり)をつくるように、人として生まれまた死ぬべきであるならば、多くの善いことをなすべし。 

(ダンマパダ53 うず高い花を集めて多くの華鬘(はなかざり)をつくるように、人として生まれまた死ぬべきであるならば、多くの善いことをなせ。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント
人として生まれることは、盲亀浮木(もうきふぼく:大海にすむ盲目の亀が、百年に一度だけ水面に浮かび上がるが、水面に漂っている流木のたった一つの穴にもぐり込もうとしても、なかなか入ることができないという説話)や曇華一現(どんげいちげん:三千年に一度、仏の出現するときなどに開くといわれる伝説の花)のように、稀有なことなのです。

別な説明をすれば、三千世界の生命は無数です。数えきれないのです。それら生命は輪廻をしています。天界や餓鬼、地獄にいる生命は意識体ですから、空間を必要としていませんので、その数は制限されていません。しかし、人間界と畜生界の生命は体がありますから、空間を必要とします。そのため、その数は制限されています。地球上の人間でいえば、現在七十数億人です。もう少し増えることがあっても、その数には限界があります。無数の生命が人間として生まれたいと思っても、その可能性は、宝くじに当たるよりも少ないのです。ですから、人間として生まれたならば、そのチャンスを生かすべきなのです。人間ならば、解脱して、苦しみの輪廻の世界から脱出することができるのです。

多くの善いことをすることは、善いことをすれば功徳になるとは言えませんが、功徳に繋がることは間違いありません。功徳を積めば、人は因縁により解脱するのです。ですから、「人として生まれまた死ぬべきであるならば、多くの善いことをなすべし。」ということになるのです。

 


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