感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 16偈

16 真実を語れ。怒るな。乏しいなかから与えよ。これらの三つの事を具現したならば、(死後には天の)神々のもとに至り得るであろう。 

(ダンマパダ224 真実を語れ。怒るな。請われたならば、乏しいなかから与えよ。これらの三つの事によって(死後には天の)神々のもとに至り得るであろう。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

私が比丘であった時、ダンマパダ224の因縁物語を子供たちによく話しました。
「どうしたら神様になれるか知っていますか?」と子供たちに聞くと、彼らは眼を輝かせてこちらに注意を向けます。その内容は下に引用します。

この偈は人々に道徳を教えるものです。道徳を学び、実践することは人々の利益(りやく)になります。しかし、神々になりたいという望みに留まるならば、功徳になりません。輪廻から解脱できないのです。神々の世界を超えた世界(ニルヴァーナ)があることを知るべきでしょう。


*ダンマパダ224の因縁物語(北嶋泰観訳注「パーリ語仏典ダンマパダ」より引用)

ある日、モッガラーナ長老は神通力を使って神々の世界に昇り、そこで幾つかの豪邸を見つけた。そして長老はその付近に住んでいる神々に、「どのような善行為によって、このような神々の世界に輪廻転生することができたのですか?」と尋ねた。

一人は恥ずかしそうに、「私は前世において施しもせず、説法を聞くこともありませんでした。唯、嘘をつかなかっただけです。」と答えた。

またもう一人は、「私は前世ではそれほど多くの善行をした覚えはばいのですが、唯、仕えていた主人に叩かれいじめられても怒ることがなかったのです。」と答えた。

また別の神は、「私は施しをお願いされた時、ほんの少しの砂糖や果物や野菜などをあげただけです。」と答えたのである。

そしてモッがラーナ長老は地上に戻るとその足で仏陀を訪ね、「尊者よ、あのような少しの善行によって神々の世界に行けるのでしょうか?」と質問した。

仏陀は「私の息子よ、なぜそのような質問をする。たった今自分の目で見て来たではないか。自分の耳で聞いて来たではないか。」と語られ、「真実を語る、怒ることがない、求められた時、たとえ少しでも施しをする。実にこの三つの要因によって彼は死後天界のそばへ行くことができる」と説かれたのである。


この記事へのコメント