感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 7偈

7 心が静まり思慮深い立派な人々は、世の移りゆくありさまを知って、汚れの無い境地を告げるのであって、(世の凡夫のあいだで)目につくようなことは無い。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

多くの人々は、派手なもの、騒がしいものに関心があります。これは心が刺激を求めているからです。心は静まると退屈し、死んでしまうと思っているのです。

ですから、心が静まり思慮深い立派な人々が告げる汚れの無い境地(世界)には興味がなく、それに関心を向けることはほとんどないのです。





この記事へのコメント

ノブ
2019年05月23日 02:01
子供達は遊び戯れるが、大人達の楽しみはもっとゆったりしている。
世人は揺れ動く心のままに右往左往するのが彼らの生きる事であるが、心の静まった思慮深い人々にとっては、安らぎこそが潤いである。
世人は心の赴くままに揺蕩うので、安らぎを求めても儚いものしか得ることができない。
ただ世の有様を知って蜃気楼のようであると見る人が、無常をさとって安らぎの境地を本当の意味で思念し、静けさを志すようになる。
世人は愚かなので世人なのでは無く、世人である故に愚かなのであろう。故に流転する世の中を離れつつある人は愚かでは無く、世人とも呼ばれない。もし完全に覚ったならば静かに輝くであろう。彼は闇夜を照らす。