感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 18偈

18 山の頂(いただき)にある岩の上に立っている人があまねく四方に人々を見下すように、あらゆる方向に眼をもっているこの賢明なる人は、真理の高閣(たかどの)に登って、(自分は)憂いはなくして、生れと老いとに打ち克たれ、憂いに悩まされた人々を見た。                       以上第21章 如来      (中村元…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 17偈

17 その聖者は完全な自在を得、一切のものにまさり、すべての恐怖から解脱し、愛執を捨て、汚れ無く、生きとし生ける者どもを観じて、世のためを念(おも)うている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント この偈は般若心経に似ています。 その聖者は完全な自…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 16偈

16 如来なる仏はこの世で自ら現れたものであり、闇を除き、彼岸に達した大仙人であるが、かれに二つの思いがしばしばはたらきかける。___(一つは)安穏という思いであり、(他の一つは)人を離れて孤独をたのしむことと結びついている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 15偈

15 仏の教えをつねに信じる人々は幸運とともに進むであろう。___商人たちが天馬によって(はこばれる)ように。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 仏の教えをつねに信じるから、幸運とともに進むのではありません。幸運とともに進むのは、その人の心が清らかだ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 14偈

14 仏の教えを信じない人々は、わざわいに遭うであろう。___商人たちが羅刹女たちに取りかこまれるように。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 仏の教えを信じないから、わざわいに遭う訳ではありません。わざわいに遭うのは、その人の心が汚れているからなので…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 13偈

13 それ故に、この世に置いて自己を達成しようと欲し、偉大な境地を望む人は、仏の教えを憶念して、正しい教えを尊重しなければならない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント この偈を読んで、では「仏の教え」あるいは「正しい教え」とは何かと問われれば、次の理…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 11偈、12偈

11、12 過去にさとりを開いた仏たち、また未来にさとりを開く仏たち、また多くの人々の憂いを除く現在の世の仏、___正しい教えの師であるこれらすべての人々は、過去に住したし、現在住し、また未来に住するであろう。これが諸仏のあいだの決まりである。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) …
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 9偈、10偈

9 正しいさとりを開き、つねに幸(さち)あり、瞑想に専念している思慮ある人々は、世間から離れた静けさを楽しむ。神々でさえも、かれを羨む。  10 正しくさとりを開いた人々、誉れあり、速やかに知能がはたらき、最後の身体をたもっている人々を、神々も人間たちも羨むのである。 (ダンマパダ180 正しいさとりを開き、念いに耽り、瞑想…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 8偈

8 偉大な英雄である諸の如来は、この世で、正しい教えをとどろかせよう。正しい教えをとどろかせたまう人々を、いかなる智者たちが嫉むであろうか? (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 諸々の如来は輪廻の世界を支配している悪魔の軍団に打ち勝ったので、偉大な英雄…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 7偈

7 心が静まり思慮深い立派な人々は、世の移りゆくありさまを知って、汚れの無い境地を告げるのであって、(世の凡夫のあいだで)目につくようなことは無い。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 多くの人々は、派手なもの、騒がしいものに関心があります。これは心が…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 6偈

6 われはベナレスに行くであろう。われは不死の太鼓を打つであろう。世間においてまだ回転されたことのない、法輪を、われは回転するであろう。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント ベナレスはヴァーラーナシーのこと、ガンジス川沿いにあるインドの聖地、近郊に釈尊…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 5偈

5 汚れを滅ぼし尽くすことのできた人々は、わたしのような「勝利者」であると知るべきである。わたしは悪いことがらに打ち勝った。それ故にわれは勝利者である。ウパカよ。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 悪魔が輪廻の世界を支配しているということは、…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 4偈

4 われにはいかなる師も存在しない。われに等しい者は存在しない。この世において唯だ一人の完全に覚った者であり、最上の完きさとりを得たのである。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント これは、二千数百年前のインドのゴータマ・ブッダの言葉です。ゴータマ・ブッ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 3偈

3 われは世間において敬われるべき者(真人)である。われは世間において無上の者である。神々と人間との世界において、われは悪魔に打ち勝った勝利者である。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント われとは阿羅漢です。阿羅漢はパーリ語のアラハンの音写で、敬われる…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 2偈

2 等しき者もなく、比べるべき者もない人は、誰を[師と]呼ぶのであろうか。自(みず)から悟りを得て、自(みず)から教えを説く人なのであるから。如来は神々と人間との師であり、全てを知る者(=一切智者)となって、(知慧の)力をそなえている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第21章 如来 1偈

1 われはすべてに打ち勝ち、すべてを知り、あらゆることがらに関して汚されていない。すべてを捨てて、愛欲は尽きたので、こころは解脱している。みずからさとったのであって、誰を(師と)呼ぼうか。  (ダンマパダ353 われはすべてに打ち勝ち、すべてを知り、あらゆることがらに関して汚されていない。すべてを捨てて、愛欲は尽きたので、こころは…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 22偈

22 走る車をおさえるように、ここでむらむらと起る怒りをおさえる人___かれをわれは<御者>とよぶ。そうでなければ、この人はただ手綱(たづな)を手にしているだけである。(<御者>とよぶにはふさわしくない。) (ダンマパダ222 走る車をおさえるようにむらむらと起る怒りをおさえる人___かれをわれは<御者>とよぶ。他の人はただ手綱(…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 20偈、21偈

20 怒ることなく、身がととのえられ、正しく生活し、正しく知って解脱している人に、どうして怒りがあろうか? かれには怒りは存在しない。 21 怒らぬことと不傷害とは、つねに気高い人々のうちに住んでいる。怒りは悪人のうちにつねに存在している。___山岳のように。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 19偈

19 怒らないことによって怒りにうち勝て。善いことによって悪いことにうち勝て。わかち合うことによって物惜しみにうち勝て。真実によって虚言の人にうち勝て。 (ダンマパダ223 怒らないことによって怒りにうち勝て。善いことによって悪いことにうち勝て。わかち合うことによって物惜しみにうち勝て。真実によって虚言の人にうち勝て。) (…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 18偈

18 怒った人に対して怒り返す人は、悪をなすことになるのである。怒った人に対して怒らないならば、勝ち難き戦にも勝つことになるであろう。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 世間の一部では、「怒った人に対して怒り返す」のは正当だと思われています。しかし、…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 17偈

17 心が静まり、身がととのえられ、正しく生活し、正しく知って解脱している人に、どうして怒りがあろうか? はっきりと知っている人に、怒りは存在しない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 欲望と怒りは、快と不快によって起こります。快があるとき欲望が起こ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 16偈

16 真実を語れ。怒るな。乏しいなかから与えよ。これらの三つの事を具現したならば、(死後には天の)神々のもとに至り得るであろう。  (ダンマパダ224 真実を語れ。怒るな。請われたならば、乏しいなかから与えよ。これらの三つの事によって(死後には天の)神々のもとに至り得るであろう。) (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のこ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 15偈

15 集会の中でも、また相互にも、怒ってことばを発してはならない。怒りに襲われた人は、自分の利益をさとらないのである。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 怒っている人の行為はすべて悪行為です。ですから、怒っている時は、何も話さずに、何もしないで、怒りを静…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 14偈

14 ひとは、恐怖のゆえに、優れた人のことばを恕す。ひとは、争いたくないから、同輩のことばを恕す。しかし自分よりも劣った者のことばを恕す人がおれば、それを聖者らは、この世における<最上の忍耐>と呼ぶ。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント はじめに、「恕…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 13偈

13 愚者は、荒々しいことばを語りながら、「自分が勝っているのだ」と考える。しかし謗りを忍ぶ人にこそ、常に勝利があるのだ、と言えよう。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 夜は何のわだかりもなく、心配もなく、眠くなればすぐに眠りにつき、朝は爽やかに目が…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 10偈、11偈、12偈

10 他人が怒ったのを知って、それについて自(みずか)ら静かにしているならば、その人は、自分をも他人をも大きな危険から守ったことになる。 11 他人が怒ったのを知って、それについて自(みずか)ら静かにしているならば、その人は、自分と他人と両者のためになることを行っているのである。 12 自分と他人と両者のためになることを行っ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 7偈、8偈、9偈

7 この人が力の有る者であっても、無力な人を耐え忍ぶならば、それを最上の忍耐と呼ぶ。弱い人に対しては、つねに(同情して)忍んでやらねばならぬ。 8 他の人々の主である人が弱い人々を忍んでやるならば、それを最上の忍耐と呼ぶ。弱い人に対しては、つねに(同情して)忍んでやらねばならぬ。 9 力のある人が、他人から謗られても忍ならば…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 6偈

6 或る人にとって力は力であっても、怒ったならば、その力は力ではなくなる。怒って徳行の無い人には道の実践ということが無い。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「或る人にとって力は力であっても、怒ったならば、その力は力ではなくなる。」の意味はイソップ寓…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 5偈

5 かれは、恥じることもなく、愧じることもなく、誓戒をまもることもなく、怒りたける。怒りに襲われた者には、たよりとすべきいかなる帰趣(よるべ)この世に存在しない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「恥じる」と「愧じる」という言葉が使われています。「恥じ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 4偈

4 怒りたけった人は、善いことでも悪いことだと言い立てるが、のちに怒りがおさまったときには、火に触れたように苦しむ。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 怒りたけった人とは、狂気の人と言っていいのです。狂気の人は自分の考えていること、言っていることが混乱し…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 3偈

3 怒りを滅ぼし安らかに臥す。怒りを滅ぼして悩まない。毒の根であり、甘味を害なうものである怒りを滅ぼすことを、聖者らは称賛する。修行僧らよ。それを滅ぼしたならば、悩むことがない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 怒りをなくしたら、安眠できます。 …
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