感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 13偈

13 愚者は、荒々しいことばを語りながら、「自分が勝っているのだ」と考える。しかし謗りを忍ぶ人にこそ、常に勝利があるのだ、と言えよう。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

夜は何のわだかりもなく、心配もなく、眠くなればすぐに眠りにつき、朝は爽やかに目が覚めて明るい朝を迎えられる人がいます。

一方、夜になっても、怒りがおさまらず、あれこれ心配ごとが多く、体は疲れているので、ベットに入るのですが、なかなか眠られず、やっと眠りについても、目覚まし時計に起こされます。しかしなかなか目が覚めず、今日も一日大変だなといやいや起きる人がいます。

どちらが勝っていると言えるでしょうか?

荒々しいことばを語りながら、「自分が勝っているのだ」と考える人は、後者なのです。荒々しいことばを語る人の心は揺れ動き、静まりません。それに対し、謗りを忍ぶ人の心は静かで、穏やかですので、安眠できるのです。ですから、「常に勝利があるのだ」と言えるのです。