感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第22章 学問 18偈

18 みごとに説かれたことばは、それを聞いて理解すれば精となる。聞いたこと、識(し)ったことは、心にじっととどめておくと精となる。しかし人が性急であって怠けているならば、かれの知識も学問も大きな目的を達成することはできない。

(スッタニパータ329 みごとに説かれたことばは、それを聞いて理解すれば精となる。聞きかつ
知ったことは、精神の安定を修すると、精になる。人が性急であってふらついているならば、かれには智慧も学識も増大することがない。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

「みごとに説かれたことば」とは、ブッダの説かれた理法です。それを、ブッダが説かれたのだとただ感激して聞いている(あるいは読む)だけでは意味がありません。それを理解する必要があるのです。

しかし、一度聞いただけで理解できるとは限りません。理解したいという思いがあるなならば、「心にじっととどめておく」必要があります。あるいは、繰り返し聞くことです。そうするとだんだん解ってきます。

それが「精となる」のです。「精となる」について、スッタニパータ329の注によれば、「目的(意義)が成就するという意味に解しているようである」と記されています。つまり、ブッダのことばが理解できれば、目的が成就されるのです。目的とは解脱です。

それに対して、一度聞いて解らないと、理解しようとせず、怠けてしまえば目的は達成されません。

「読書百遍意自ずから通ず」とはその通りです。


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