感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第23章 自己 23偈

23 この世では自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか? 賢者は、自分の身をよくととのえて、いかなる束縛をも断ち切る。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

この世では自己こそ自分の主であるのに、衆生はいろいろな思いに束縛されています。そのために自由に、生き生きと生きることができないのです。その最大の理由は束縛を束縛と思っていないところにあります。

ここにに参考になる偈があります。

「ダンマパダ345、346 鉄や木材や麻紐でつくられた枷(かせ)を、思慮ある人々は堅固な縛(いましめ)とは呼ばない。宝石や耳環・腕輪をやたらに欲しがること、妻や子にひかれること、___それが堅固な縛である、と思慮ある人々は呼ぶ。それは低く垂れ、緩(ゆる)く見えるけれども、脱れ難い。
かれらはこれをさえも断ち切って、顧みること無く、欲楽をすてて、遍歴修行する。」


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