#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 20B偈、20C偈、20D偈

20B (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、生きとし生けるものどもを憐れむ(の功徳)の十六分の一にも及ばない。

20C (訳文は20Bに同じ。)

20D (訳文は20Bに同じ。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

昨日は、「慈しみの心」を理解するために、SRKWブッダの理法「慈悲喜捨」を引用しました。「慈しみ」は「慈悲喜捨」の「慈」に当たります。

さて、今回の「憐れみ」とは、「慈悲喜捨」の「悲」に相当するのです。
昨日の説明では次のように書かれていました。

悲:世の中には「そのような悲しみ(煩悩)」があることを如実に知って、不誠実な行為(例えばひけらかすこと)をしない決心をする其の心。高ぶり(妄執)を制した其の心。

もう少し、わかりやすく言えば、他人の苦しみや悲しみを知って、それを自分の苦しみとして、その苦しみや悲しみを無くそうとすること。その際、そのことを相手には知られないようにすることも大切です。





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