感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 17偈、18偈、19偈

17 (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、仏を信じること(の功徳)の十六分の一にも及ばない。

18 (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、ダルマ(法、真理)を信じること(の功徳)の十六分の一にも及ばない。

19 (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、サンガ(教団、僧衆)を信じること(の功徳)の十六分の一にも及ばない。
 
(ダンマパダ70 愚かなものは、たとい毎月(苦行者の風習にならって一月に一度だけ)茅草の端につけて(極く少量の)食物を摂るようなことをしても、(その功徳は)真理をわきまえた人々の十六分の一にも及ばない。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

仏、ダルマ(法、真理)、サンガ(教団、僧衆)とは何か?

慧能ブッダの「六祖壇経」には、仏法僧について次のように書かれています。

「仏とは目覚めること、法とは正しいこと、僧とは清浄という意味である。」