#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 26偈、27偈、28偈

26 たとい百年のあいだ毎月千回ずつ祭祀(まつり)を営む人がいても、その功徳は、生きとし生けるものどもを憐れむ(功徳)の十六分の一にも及ばない。

27 (訳文は26に同じ。)

28 (訳文は26に同じ。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

7月20日に次の偈を引用しました。
https://76263383.at.webry.info/201907/article_20.html

「(愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、生きとし生けるものどもを憐れむ(の功徳)の十六分の一にも及ばない。」

今回引用した偈と同様に、「憐れみ」について述べられています。

「あわれむ」は「憐れむ」とも「哀れむ」とも書きますが、いずれにせよ、二つのことに注意する必要があります。自分を相手より優位に立っているという心があるかどうか、もう一つは相手の心に負担を掛けていないかどうかという点です。

純粋な憐れみの心は相手との対等心です。相手と私は同じなのです。