#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第25章 友 17偈、18偈

17 愚かな者は、生涯賢者たちにつかえても、正しくさとりを開いた人(=仏)の説かれた真理をはっきりと知ることがない。

18 聡明な人は、瞬時(またたき)のあいだ賢者たちにつかえても、正しくさとりを開いた人(=仏)の説かれた真理をはっきりと知る。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

正しくさとりを開いた人(=仏)の説かれた真理とは、解脱に導くものでありますが、愚かな者は知ることができませんが、聡明な人は知ることができます。

この違いは、どこから来るのでしょうか?

15偈、16偈では、この違いは知慧があるかどうかであると説かれていました。愚かな者には知慧がなく、聡明な人には知慧があるということです。

ここでは説かれていませんが、付き合う友の影響もあるでしょう。愚かな友と付き合う者は愚かな者になり、聡明な人と付き合う人は聡明な人になるでしょう。どのような友と付き合うかは大切なことです。




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