#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第26章 安らぎ(ニルヴァーナ) 21偈

21 不生なるものが有るからこそ、生じたものの出離をつねに語るべきであろう。作られざるもの(=無為)を観じるならば、作られたもの(=有為)から解脱する。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

この偈には幾つかの意味のわかりにくい言葉があります。

それらは、不生なるもの、生じたもの、出離、作られざるもの(=無為)、作られたもの(=有為)、解脱などです。

「不生なるもの」は「作られざるもの(=無為)」と同じ意味です。

「生じたもの」は「作られたもの(=有為)」と同じ意味です。

「出離」は「解脱」と同じ意味です。

このように、整理すれは意味は少しわかってきます。

だだ、何が不生なるものかわかりません。人々が通常眼にしているもの、経験しているものは不生なるものではありません。それらは「作られたもの(=有為)」なのです。

「不生なるもの」、「作られざるもの(=無為)」の一つの例は、善友の発する「法の句」であると知れば、「不生なるもの」について、少し理解できるでしょう。