#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 37偈、38偈

37 すがたを見ることは、すがたをさらに吟味して見ることとは異なっている。ここに両者の異なっていることが説かれる。昼が夜と異なっているようなものである。両者が合することは有り得ない。

38 もしすがたをさらに吟味して見るのであるならば、単にすがたを見るこということは無い。またもし単にすがたを見るのであるならば、すがたをさらに吟味して見るということは無い。ここの人は、単にすがたを見るだけであって、すがたをさらに吟味して見るということは無い。しかしすがたをさらに吟味して見る人は、つねにすがたを見ることがない。  

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

37偈と38偈は同じ趣旨なので、同時に掲載しました。

「単にすがたを見ること」と「さらに吟味して見ること」は異なることが述べられています。

「単にすがたを見ること」とは、ありのままのすがたを見ることです。しかし、衆生にはこれはできないのです。第一印象に近いのですが、衆生はすぐにその像が変貌するのです。

「さらに吟味して見ること」とは、一般的には吟味してみることは推奨されることですが、衆生は吟味すればするほど、自分の思いを付け加え、ありのままのすがたから離れるのです。